第10話 やっぱりキミは
Side.凪
ガチャ
「お、お邪魔しますぅ・・・」
「どうぞ」
夜。
帰りの船を逃してしまった湊くんを自宅に招待した。
湊くんは、まさか僕の家に来るなんて思っていなかったみたい。
そう顔に書いてある。
「ほんとに泊めてもらっていいの?」
「うん。僕以外誰もいないから、ゆっくり休んで」
「でも…」
「・・・」
一人暮らしにしては広すぎるんじゃないか。
また、顔に書いてある。
「とりあえず、お風呂どうぞ。
タオルとか好きに使っていいから」
「わかった!ありがと~」
ガチャ
湊くんをお風呂に案内して、ソファに腰を掛けた。
「・・・」
誰かを家に上げたのは初めて。
家に自分以外の人がいるのも初めて。
少し、緊張しているかも。
バタンッ
「凪!お湯ってどこから出るの?!この長いホースは何?!あとどれが頭洗うヤツ?!」
湊くんが一瞬で部屋に戻ってきた。
「…ふふっ」
不思議。
さっきまでの緊張感が一気になくなった。
きっと他の誰でもない、湊くんといるから落ち着くんだね。
だから、
「じゃあ、一緒に入ろうか?」
「・・・へ?」
こんな提案をしてみた。
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Side.湊
「このレバーを引くと、このホースからお湯が出てくるんだ」グイ
シャーーー
え、なんで。
「で、シャンプーはこれだよ」
なんで私いま、凪とお風呂に入っちゃってるの。
「僕が洗ってあげるね」
「え?!あ、あの…!」
断ろうと凪の方を見て、すぐに目をそらした。
「ん?」
「…お、おねが、しま、、、///」
そして、頭を洗ってもらうことになってしまった。
「~♪」
「・・・//」
頭をわしゃわしゃされる。
友だちって、一緒にお風呂に入ったりするものなのかな?
でも目線ってどこにやるのが自然なの?!
教えておっちゃ~ん!!;
「ふふふっ」
「ん、凪?」
なんだか凪、すごく楽しそう。
「だって湊くん、顔に…」
「?」
凪が笑ってる理由がわからない。
誰かの頭を洗うのって、楽しいのかな?
でも、頭を洗われるのは 気持ちがいい。
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結局髪の毛まで乾かしてもらってしまった…
リビングのソファで反省会をしてみる。
私だって凪の頭を洗おうとしたんだけど、私が心の準備をしている間に、凪はとっとと頭も体も洗い終わっていた。
凪の頭を洗えるチャンスは、またあるのかな?
「おまたせ」
自分で髪を乾かした凪がリビングにやって来た。
せめて髪を乾かしてあげられたらよかったんだけど、"どらいあー"っていう機械の使い方がわからなくて断念した。
凪が私の隣に腰掛ける。
「どうする?テレビでも見る?」
「?」
てれび?
「ボードゲームもあるよ」
「?」
ぼー、ゲーム?
「ネットで調べ物もできるけど」
「?」
ネット・・・網??
「っはは!」
また凪が何を言っているのかわからないでいると、凪が突然笑い出した。
食事の時やお風呂の時に見た笑顔とは何か違う。
大人っぽい表情じゃなく、無邪気で、まるで子供みたい。
でもこれが、凪の本当の顔のような気がした。
「湊くん、眠い?」
「ううん、まだ眠くはないなぁ」
「じゃあ、眠くなるまでお話していよっか」
「賛成!」
そして、ふたりで歯を磨いて寝室に向かった。
・・・って寝室?!
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Side.凪
「な、凪ぃ…やっぱり私あっちのソファで寝るよぉ…//」
「狭い?それとも僕くさいかな?」
「全然!そんなことはない!むしろいい匂い!!…あ」
「ははっ」
いつも一人で横になっているベッドに、湊くんを迎え入れた。
湊くんは仰向けで硬直している。
"緊張してるけど、凪に背を向けるのは悪い"
間接照明でも簡単に読み取れる表情。
かわいい。
「?!///」
思わず頭をなでてしまう。
僕より身長は高かったけど、湊くんって撫でたくなる。
ほら、また緊張しちゃって…もう。
湊くんといると、頬が痛がいたくなるよ。
「ねぇ、凪」
「なに?」
天井を見ながら、湊くんが話しかけてきた。
「凪はどうして紙と鉛筆を持っていたの?」
「?」
「ここに来るとき、船乗りさんに言われたんだ。わかば島の人は紙もペンも使わないんだって。
でも凪は手紙を自分の手で書いてた」
「それは、紙と鉛筆の使い方ぐらい習ったことはあるよ。
その時にもらったものを使って書いていたんだ」
「そうなんだね!納得~」
自分の人生で、こんなものを使う日が来るなんて思ってもいなかった。
でも、『消えたい』って思ったときに紙と鉛筆が必要になった。
「どうしても届いてほしかったから」
今なら ボトルメールを流した理由がはっきりと言える。
「ねぇ、まだ『消えたい』?」
湊くんが顔をこちらに向けて問いかけてくる。
「もうそんなこと思わないよ」
僕の目をまっすぐに見つめて、言葉を受け止めてくれている。
「湊くんと出会ってから、『消えたい』気持ちが消えていって、
『消えたくない』気持ちが生まれて、それが次第に大きくなっていったんだ」
「うん」
「自分の中に、こんな感情があるなんて知らなかった。
気持ちより体が先に、勝手に動いてしまう、非合理的な自分がいたなんて」
「凪…」
いつの間にか、僕の方が頭を撫でられていた。
さっき撫でられていた湊くんはすごく恥ずかしそうにしていたけど、全然そんなこと。
むしろ、もっと撫でてほしい。
湊くんに近づく。
体を寄せると、抱きしめてくれた。
あったかい・・・
湊くんの頭が僕の頭の上に来たから、顔が見えなくなってしまったけど、
しばらくそうやって2人だけの空間を感じていた。
「そういえば、お返事していなかったね」
「ん?」
この言葉は 手紙で伝えてはいけない。
直接伝えなければ ちゃんと伝わらない言葉なのだと、さっき言われて気づいたから。
「好き、湊くんのこと」
僕を変えてくれたキミのことが好き。
でも、それはただのきっかけ。
今日キミに会えて、キミの姿を見て、キミの可憐さに気づいて、キミの温もりに触れて。
そうしてわかったこの理屈じゃない気持ちを、湊くんから伝えられたこの言葉を、大切に送る。
「・・・」
僕を包む腕の力が強くなった。
だんだんと、気持ちが安らかになって、眠気に襲われる。
まだ僕の気持ちを全部伝えられていない。
もっと話していたい。
一緒にいる時間を感じていたい。
それなのに、瞼がだんだんと重たくなっていく。
「おやすみ、凪」
生まれて初めて 『おやすみ』と言われた。
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Side.凪
ザザァーーー・・・
朝。
空はまだ薄暗い。
2人で波止場に向かって浜辺を歩く。
湊くんは街の方にいる人々に目を向けている。
「わかば島ってこんな時間でも結構人いるんだね!」
「まぁね」
この島の人はいつも、ただひたすらに働いている。
でも、ちょっと前までは僕もそのうちの1人だった。
昨日、ここでやっとキミに会えた。
時間はあっという間に過ぎていったけど、会いに来てくれたという嬉しさがまだ心の中にあって、
これからもその事実は続いて、満たされていくんだろう。
波止場について、湊くんが船に乗り込む。
もうすぐ船が出る。
「時間だね」
「うん…」
湊くんが帰ってしまう。
そう考えると、やっぱり少し寂しい。
「凪、大丈夫。またすぐに会えるから」
「?、どうして?」
「そんな気がする」
根拠がないそんな湊くんの言葉は、気休めなんかじゃなく、本当な気がした。
湊くんが手を伸ばして僕の手を握る。
「お返事待ってて?次、私の番だから」
「っ!」
湊くんが眩しく笑った瞬間、
朝日が昇って 世界を照らした。
ブォーーー・・・
「またね!凪!」
「うん…またね、湊くん!」
「「ボトルメールで!!」」
ブォーーー・・・
光の方へ向かっていく湊くんに、僕はいつまでも手を振り続けた。
この海の向こうに湊くんは住んでいるんだ。
「しずく島…」
彼が生まれて育ってきた島は、どんなところなんだろう。
「湊くん…」
船が見えなくなって、そこに太陽が残る。
本当の自分を 誰かに見つけてほしかった。
何も持っていない僕でも、『消えないで』いてほしいって言ってほしかった。
そして、言ってもらえた。
湊くんは 本当の僕を見つけてくれた。
やっぱりキミは 僕の希望。
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