第6話 大根畑の先には
次の日、目が覚めるとすでに辺りは明るくなっていた。
かなり寝過ごしたようだが、咎めるものは誰もいない。
これほど爆睡したのはいつ以来なのだろう。
その間に何か夢を見たようだが思い出せない。
何だか大事なことがあった気がする。
ただ、
「ラタカナへ向かえ・・・。」
と夢の中で言われた言葉を覚えていた。
まあ、考えても解決しないので忘れる事にしたのだが・・・。
そんな事よりも作業を急ぐ方が先だ。
とりあえずの拠点として選んだ民家。
辺りにある燃えそうな物を、その民家のカマドに押し込み火を安定させると、廃村探索をするのだ。
(よし。これなら暫く持つだろう)
カマドには太めの木材も入れたので、しばらくは火が消えることもないはずである。
まずは、暗くなる前にこの村を調べて、生活に使えそうな物ととりあえずの一晩分の燃料を確保しなくてはならない。
少し周りを見て回ったところ、朽ちかけた木ぎれは沢山あったので、焚き火用の薪には事欠かないのだが、夜中に探さなくて良いように手元の1箇所にまとめておいた。
金属製のサビた包丁と鍋、陶器製の食器や農具も見つけたのだが、一度洗わないと使えそうにない。
村の中心で以前使われていたであろう共同井戸は、屋根だったであろうゴミが井戸の中にまで落ち込んで、簡単には使えそうもなかった。
とりあえずの拠点である民家の壁際、タイル張りの床のゴミを取り除き、寝る場所の確保もできた。
カマドから種火を運べば夜でも冷えることはないだろう。
当面はここを拠点に情報収集する事にして早めに就寝する。
寝にくい木の上とは違い、壁があるだけでなんだか安心して熟睡できた。
翌朝も天気が良かったので、大根と鍋や食器を拾ったカゴに入れて、川へと向かう。
川は澄みきっており、煮沸すれば飲み水となりそうだ。
川の水で手早く大根を洗って泥を落とすと、まだ濡れたままの大根に齧りつき飢えをしのぐ。
民家で見つけた包丁と鎌は、川の石で研いだらサビが落ちて綺麗になったし、十分に使えそうだ。
近くの草をむしり取り、タワシがわりにして鍋や食器を洗い、残りの大根も洗って泥を落としてからカゴに入れ、廃村へと戻る。
(何か他にも使えそうな物はないかな?)
もう一度じっくりと廃村を探索して、使える物を集めていくのが懸命だ。
村には結構な数の農具があるが、クワや鎌の柄は取り替えないといけないのがほとんどだ。
特に、屋外に置いてあったものの痛みが激しい。
集落の中で数本見つけた鋸は、どれもサビて歯がボロボロになっていたが、手入れすればなんとか使える感じがする。
逆に屋内に保管されていた石臼やカゴなどは、今でも使えるほど状態が良かった。
昨日寝たとりあえずの寝床は一応タイル張りの小部屋だし、屋根は壊れかけているのだが、壁は積み石なので残っていた場所だ。
屋根の隙間からの雨さえ我慢することにして出入り口を何かで塞げば、なんとか住めそうな感じがする。
大根畑の先には、果樹園だった名残の柑橘類が何本か残っていたが、残念ながら実はつけていない。
柑橘類は常緑樹なので、そこまでは、すぐにわかった。
実が無くとも、葉を刻めば爽やかな香りの元として使える。
どんな実がなるのかによって、果物、レモン、ゆずのように利用方法が異なる面白い植物である。
ただ、柑橘類の幹や枝には鋭いトゲがあるので注意が必要だ。
この辺りには、他にも何か植えられていたようだが、葉のない今の時期は、なかなか判別不能だ。
専門的な知識でもなければ不可能だろう。
そこにあった作業小屋らしきものの跡地で陶器製の大きめな壺を数個見つけたので、水入れに利用する事にした。
集団生活に溺れていた自分がここまでやれるとは思ってもみなかった。
一人ぼっちではあるが、今のところは生き残っている。
だが、人恋しいのは間違いない事実なのだ。
だから、この廃村で数日過ごし、携帯できる食料を確保して川向こうの道へ進む予定で考えている。
危険な獣もいるかもしれないので、何らかの武器も必要だろう。
廃墟となった村の民家。
数件の家の跡を調べ終わり、未調査の建物は残り一軒だけとなった。
一軒といっても今までの民家の中では一番大きい建物で、場所的にも廃村のはずれにあった。
金持ちによくある観賞用だったのか、形の違う2つの大きな池に隣接しているその建物は辛うじて形を保っているが、内部にも草が生えており、とても住める状態ではない。
池は和風と洋風の作りだ。
もしかしてと覗いてみたが、池の澱んだ冷たい水に魚はいなかった。
底に溜まった泥の上に絡まった藻が生えていたのと、カエルや得体の知れない虫が泳いでいたくらいである。
池は大きな石を組んで作られている。
和風池は自然石で、洋風池は切りそろえたブロック状の石だ。
ここに住んでいた人はかなりの贅沢者だったのだろう。
傷んだ建物から池を見ると、和風池の向こうに大きな岩が数個立てられて山を模している。
池を小さな石で埋めれば、まるで枯山水庭園だ。
我が一族と同じように、この屋敷の者は庭園を愛でていたらしい。
伝承の隠れ里と文化交流でもあったのだろうか。
今では廃墟となったこの建物は、先程まで調べていた民家の数倍大きい。
宴会用の調理場跡と思われる場所には、大きなタイル張りの流しも有ったが、大きくヒビが入り使えそうにはなかった。
隣の部屋で見つけた手洗い用と思われる素焼きの流し台はまだ使えそうだ。
ここには離れの建物もあるので領主か何かの家だったのだろう。
この建物内で見つけた井戸には幸いにも蓋がしてあり、少し掃除すれば使えそうだ。
建物内の井戸だったために、民家の外にあった共同井戸のようにならなかったのだろうと思う。
残念ながらこの大きな建物跡では、先ほどの民家のように役に立ちそうなものが何も見つからなかった。
大鍋とか日頃使えない物は見つかったのだが、期待ハズレもいいところだ。
ただ、建物内の朽ちた木材が薪として使えそうなだけだ。
それでも朽ちていない木材を集め再利用すれば、小さな小屋くらいは作れそうな感じがした。
半分諦めムードになりながらも、気を取り直して隣の離れを調べるが、陶器製の食器をたくさん見つけた他には何も残っていない。
家の作りが良かったのか、この離れは壁も屋根も残っているのが救いだ。
開け閉めに不自由するが、扉もまだ残っている。
雨風がしのげそうなので、ここを拠点に変えようと思い、置いてきた荷物を取るために出口へ向かう。
建物の出口へあと二メートルほどのところで「ミシッ」と音がして床が抜け、シオンは「ズドン」と下に落ちた。
「おわぁっ。痛っ」
ビックリして一瞬叫んだ時には、3メートルほど下の床の上に落ちていたのである。
落ちた勢いでしこたま腰を打ってしまった。
確認するようにゆっくり立ち上がる。
どこも痛くないし、幸いにも怪我はないようだ。
一緒に落ちた床の木材を見てみると、虫に喰われてスカスカだった。
握っただけでポロポロと崩れる。
乾燥を好むこの国特有のシロアリが活躍した結果だ。
建物の地下で真っ暗な中、だんだんと目が慣れてきた。
恐々と落ちた穴からの光で周りを見てみると、暗がりの先に木製の扉が見える。
ここは地下通路のようだ。
見えている扉と逆に行けば、上に上がれるはずだ。
そして思った通り、通路の先は階段になっていて、建物の外から隠し扉を開けて入るように作られていた。
地下室内を調べるために、建物内で見つけた少し風化した布を棒に巻きつけ松明を数本作った。
松明を灯して地下通路の先の扉を開けると、地下室の壁にくりぬかれた棚と木製の棚が見える。
その棚には、封をされた陶器製の壺が、当時のままたくさん並んでいた。
地下室の密封度が良かったのだろう。
自然劣化もそれほどの影響を与えていない。
壺は結構な数がある。
一体何が入っているのだろうか?
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