第2話 異世界に取り残された魔法使い
「帰れない」
少女は隆にそう告げた。
「マジで?」
隆は真剣にそう尋ねる。
「うん・・・」
涙目で答える少女。
「どうやっても?」
隆は更に尋ねる。
「魔法が無いのだ・・・私の知識は殆んどは無意味になったのだ」
少女は再び、シクシクと泣き始めた。
「ごめん・・・あの・・・よかったら、暫く、この家に居ても良いから」
隆は驚きと親切心からか、何の考えも無しにそう声を掛けてしまった。
「そうか。悪いな。では、暫く厄介になる」
少女はあっさりと泣くのを止めて、笑う。
「それで・・・君の名前はえぇと」
「長くて覚え辛いか?アリスと呼ぶが良い。親しい者は皆、そう呼んでいた」
「あぁ、アリスか・・・まぁ、暫くの間、よろしく」
「こちらこそ・・・お前の名前は?」
「あぁ、武藤隆だよ」
「ムトータカシ」
「いや、武藤は苗字だ。名前は隆」
「なるほど。じゃあ、隆と呼ぶぞ」
「う、うん」
隆は美少女に名前で呼ばれて、少しドキッとした。
朝が訪れる。
アリスはいつの間にか眠ってしまったのか、目を覚ますとベッドの上だった。
「ここは・・・異世界だったな」
魔力の使い過ぎで身体の節々が痛む。世界を隔てる壁に門を開く魔法は大魔法使いでも限界を超えた力が必要だったようだ。
「魔法は・・・やはり使えないか・・・この世界には魔法に必要な魔素が殆ど無いのか・・・こんな世界があるんだな」
ベッドから降りて、アリスは自らの服装を見る。それは魔法使いの伝統的な服装であり、儀式を行う際は必ず着用する黒衣であった。元々、悪魔の力だと忌み嫌われていた古の時代の名残であった。
「汗臭い・・・風呂は・・・あるのか?」
アリスはウロウロと家の中を歩き回る。
「変わった造りだな。この壁のクロスと言い・・・貴族の家でもあまり見掛けない。それにこの灯り・・・魔法でも無いが・・・ランプでも無い。どうなっている?」
アリスは不思議そうに見回す。階段を降りる途中で、良い匂いがして来た。
「食事か・・・良い匂いだな」
匂い釣られて、食堂へと向かう。
「あぁ、おはよう」
アイランド型のキッチンには隆が居た。フライパンではウィンナーと卵が焼けている。
「旨そうだな」
「あぁ、朝食を作っているからもう少し待ってくれ」
「あぁ。それよりも汗をかいたから風呂に入りたい」
「そうか・・・あっ・・・」
隆は着替えが無い事に気付く。
「着替えは・・・」
「ふむ・・・適当な服で構わないが・・・」
「服は洗濯するけど、女物の下着が無いよ」
「下着?」
「下着」
「それはなんだ?」
「へっ?」
隆は少し驚く。
「下着って・・・パンツとか・・・その・・・ブラジャーなど」
「何だそれは?」
「あの・・・下着を知らないの?」
アリスは不思議そうに隆を見るだけだった。
「因みに・・・その服の下は・・・何も身に着けて無いと?」
「当然だろう。別に寒い時期じゃないからな。厚着をする必要などないからな」
下着の概念が無い。
隆は少し想像をしてしまって、顔を赤らめる。
「じゃ、じゃあ・・・僕の服を用意するから、その間にその服を洗うよ」
「お前が洗ってくれるのか?」
「僕がって言うか・・・洗濯機だけど」
「せんたくき・・・?」
「あぁ、そういう機械だよ」
「機械が・・・洗濯をするのか?」
「そうだけど・・・」
「そんな凄い機械が・・・」
「まぁ、確かに凄いけど・・・アリスの世界では洗濯はどうしてたの?」
「タライと洗濯板だ。魔法を使って、お湯にしたり、温風で乾かしたりとかするがな」
「妙に古風だね。こっちの世界でタライと洗濯板なんて50年以上前だよ」
「そ、そうなのか・・・因みに機械はどうやって動いているのか?周囲を見た所、水車とか風車は無さそうだが。それにこの灯りはどうやって?」
アリスは元々、好奇心が強いのか、次々と隆に質問をする。
「あぁ、電気だよ。僕ら世界では殆どの機械は電気で動いているかな。あとは車とかはガソリンとかだけどね」
「電気・・・ガソリン・・・なんだそれは・・・」
アリスは興味津々に尋ねてくるが、さすがに調理の邪魔にもなってきたので、一旦、手を止めて、アリスを風呂場に連れて行く。
「狭い風呂場だな」
アリスは風呂場を眺めて言う。
「まぁ・・・君が元の世界でどんな生活をしていたかは知らないけど、一般家庭はこれが普通だよ。この操作パネルで温度調整とお湯が出るから。あとこっちがシャワー。ここを捻るとお湯が出るよ。着替えはここの脱衣室でね。脱いだ服はこの洗濯機に入れて、後で回すから」
「これが洗濯機か・・・小さいな」
「こんなもんだよ」
アリスは驚きながらも洗濯機に見入っている。それから風呂場へと入って行き、教えられた通りに風呂場の操作パネルを押して、バスタブにお湯が溜まるのに驚く。
「何もしないのにお湯が出る。凄いな」
「じゃあ、僕は朝食を作っているから」
そう言い残して、隆はキッチンに戻った。
しばらくして、アリスが食堂へと入って来た。洗い立ての髪を背中で降ろし、隆のパジャマを着ている姿を見て、隆は少し見惚れてしまう。明るい所で見れば、そこに立って居る少女はこれまでに会った事の無い美少女に間違いがないからだ。
「風呂はとても満足した。狭いが、あれほど充実した風呂場は初めてだ。シャワーなる物も素晴らしい。それとシャンプーとリンス。こんな髪がサラサラになるなんて思わなかった。この世界は凄いな」
アリスは喜びながら食卓の椅子に座る。
「それはどうも。パンと目玉焼きにウィンナー。それとコーンスープ。これらも初めて?」
「いや、どれも我々の世界と変わらない。美味しそうだ」
アリスはそう言うと、パンを裂き、齧り始める。
「食べ物は変わらないんだね。魔法の世界だから、ドラゴンの肉とか食べると思ったよ」
「そうだが?」
アリスにそう答えられて、隆は驚く。
「ドラゴンが居るの?」
「あぁ・・・狂暴な魔獣だから、討伐の対象だがね。その肉は魔力を増幅させるから、珍重されているよ。この世界にもドラゴンが居るのか?」
「居ないよ。それも想像の世界だけ」
「そうか・・・では・・・オークとか妖精なども?」
「あぁ、想像の世界の生き物としてしか認識されていないよ」
隆の言葉にアリスは暗い表情になる。
「まぁ・・・そう落ち込むなよ。こっちの世界も慣れたら、楽しいもんだから」
隆は落ち込んだアリスを励まそうとする。
その時、スマホのアラームが鳴る。
「あっ、もう時間か」
隆が慌てて、席を立った。
「アリス、ゴメン。学校に行く時間だから。片づけは帰ってからするから、大人しく、留守番をしてて貰えないかな?万が一、出掛けるなら、鍵はこれだから。うちはオール電化だけど、火事が怖いから、キッチンとかはあまり触らないでね。昼ごはんは冷蔵庫にこうして、お弁当を用意しておいたから」
隆は冷蔵庫の中に入れておいた弁当箱を見せて、アリスに説明すると、慌てるように学生鞄を手にして、家から出て行った。
残されたアリスは朝食を食べながら、考える。
「学校か・・・なるほど・・・この世界の事を知らねば・・・生きてはいけないな」
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