魔法少女は異世界から来訪しました。

三八式物書機

第1話 大魔法使い

 聖地と呼ばれた黒き森の中心地。

 森を切り拓いて建てられた館。

 その館には常に数十人の魔法使いが働いている。

 全ては一人の大魔法使いの為だ。

 彼女は千年に及ぶ時を生き、他の魔法使いから畏怖と尊敬を浴びる対象になっていた。その名はグランドゥエル=アリステリアス。

 館の中心にある儀式用の部屋。堅牢にするために石造りの壁。出来る限り開口部は減らされている。暗い室内は魔法の灯りで照らされている。

 部屋の床には魔法陣が描かれ、その周囲には10人の魔法使いが立つ。年齢も性別も違う彼らは必死に呪文を詠唱している。魔法陣はそれに呼応するように明滅している。その魔法陣の中心には黒衣姿の1人の少女が立っていた。見た目は15歳前後の美少女。金髪碧眼で白い肌をした彼女は祈りを捧げるように胸の前で手を結び、何かを唱えていた。

 「世界を隔てる壁に開け門よ!」

 突如として、少女は叫んだ。その瞬間、魔法陣は光り輝き、呪文を唱えていた魔法使い達は強烈な力の放出に吹き飛ばされる。彼らは慌てて、魔法陣の中心を見詰めた。そこに居るはずの少女がどうなったかを知る為に。

 「い、居ない・・・成功したのか?」

 男は驚きながら、誰も居なくなった魔法陣を眺めた。


 武藤隆は寝苦しさを感じていた。

 まだ、春先。数週間前から始めた一人暮らしにも入学したばかりの高校生活にも慣れない。そんな心労のせいかと思った。

 薄っすらと目を開いた時、突如、部屋の中が眩しく輝き出した。

 「朝か?」

 朝日が差し込んだのかと思った。だが、突如として、部屋の中を暴風が襲ったように荒れ狂う。

 隆はベッドから落ちた。目は覚め、とにかく床に踏ん張り、吹き飛ばされないようにするだけが精一杯だった。

 「何が・・・台風?」

 隆がそう叫んだ時、四つん這いになる彼の背中に何か重たい物がドスリと乗った。

 「うわあぁああああ」

 隆はその重みに耐えかねて、床に圧し潰される。途端に暴風が無くなった。

 「な、何かが倒れて来た」

 家が潰れた。隆はそう思った。暗闇の中で彼がそう思うのは当然だったのかもしれない。

 突如、灯りが点く。

 「な、何が・・・」

 隆はその灯りに驚いたように周囲を見る。室内は酷く荒れていた。

 「ふむ・・・ここが別の世界か・・・」

 突如、頭の上から少女の声がして、隆は慌てて、首を懸命に回して、自分の背中に乗る物を見上げた。そこには黒衣姿の美少女が立っていた。

 「だ、誰だ?」

 隆に問い掛けられ、美少女は彼を見下ろしながら、答える。

 「我が名はグランドゥエル=アリステリアス。大魔法使いと皆から呼ばれる者」

 彼女がそう答えた時、隆は呆気に取られた。

 「・・・えっ?」

 間抜け面で彼は理解が出来なかったような声を出すしかなかった。それを見て取った少女は呆れたように嘆息する。

 「愚かな少年だ。この魔力を前に力の差すら理解が出来ないとは」

 その時、少女が左手に灯した魔法の光が突如、消えた。

 「んっ・・・なんだ・・・あれ・・・」

 それに驚いたのは少女であり、彼女は暗闇でバランスを崩し、乗っていた隆の背から滑り落ちた。

 「んぎゃ!」

 尻を強く打って、少女はその場に蹲る。その間に隆は何とか立ち上がり、部屋の入口へと向かい、電灯のスイッチを点けた。

 「な、何が起きたんだ?」

 隆は荒れ果てた部屋の真ん中で痛みに耐える少女を見た。

 「夢じゃないのか?」

 一瞬、これは夢だと思ったが、そんな雰囲気では無い事はすぐに解った。

 蹲っていた少女が立ち上がり、涙目で隆を見た。

 「おかしい・・・魔力が集まって来ない。なんだ・・・どうなっているんだ?」

 少女は不思議そうに自らの身体を眺めている。

 「お、お前・・・どうやって部屋に入った?」

 隆が至極当然の事を少女に尋ねる。

 「んっ?・・・そうか。ここが異世界だとすれば・・・お前がこの部屋の主か?」

 「あっ?あぁ・・・そうだけど・・・」

 少女のキッパリとした口調に臆する隆。

 「私はグランドゥエル=アリステリアスだ。世界を隔てる壁に門を開き、通り抜ける魔法を研究していてな。その実験を行ったのだ。ここが私の居た世界と違うのであれば、実験は成功した事になるな」

 少女の言葉に隆は唖然としたまま、何も言えなかった。

 「さて・・・迷惑を掛けたが、これはその代償だ。こんな事もあろうかと用意はしてあるからな」

 少女は黒衣の胸元から革袋を取り出し、金貨を取り出した。

 「貨幣価値は・・・どうか知らんが、これで許して貰えるか?」

 隆は少女から金貨を受け取る。それが本物かどうか解らないが、ずっしりと重いそれは確かに金のようだった。

 「あぁ・・・それは良いけど・・・あんたは一体?」

 「魔法使いだ」

 「魔法?・・・はぁ・・・」

 「あまり畏怖と尊敬の念が感じられないな。この世界で魔法使いは偉くないのか?」

 少女の疑問に隆は呆気に取られつつも答える。

 「いや・・・その・・・魔法使いなんて・・・居ないし」

 「居ない?」

 「あぁ・・・物語に出て来るぐらいかな」

 「物語・・・想像の産物と言うのか?」

 「あぁ・・・そうそう。魔法なんて無いし」

 「魔法が無い?」

 少女は驚いたような表情で隆を見詰める。

 「あぁ、無いよ。魔法なんて・・・」

 「バカな・・・」

 少女は左手を見た。

 「えっ・・・んんっ?あれ・・・おかしい・・・」

 何か必死になる少女。数分、何かと格闘した様子の後、彼女は涙目で隆を見る。

 「魔法が・・・使えない」

 「そうだと伝えたはずだけど」

 隆に言われて、少女はその場に崩れ落ちる。

 「うわぁああああ!魔法が使えないってどういうことだぁ!そんなバカな事があるかぁああ!」

 彼女は大泣きした。突然の少女の大泣きに困惑する隆。

 「あ、あの・・・とりあえず、落ち着こうか。台所からジュースを持って来るから」

 隆は慌てて、部屋から飛び出し、台所へと駆けて行った。


 数分後、冷えたジュースを手にした少女は何とか泣き止んだ。

 「この世界には魔法が本当に無いのだな」

 少女の落ち着いた声に冷静さを取り戻した隆が答える。

 「あぁ、魔法は無い。それと・・・あんたは本当に異世界からやって来たんだな?」

 「あぁ、そうだ。私の居た世界では魔法が当たり前のようにあった。人々は魔法を使って生活を営み、私はその魔法を研究する為に千年の時を過ごし、大魔法使いと呼ばれるに至ったのだ」

 「千年・・・君はそんな長生きをしているの?」

 隆は驚く。見た目が自分と同じぐらいか、少し下ぐらいにしか見えないからだ。

 「あぁ、魔法の力で老いを失くしていたからな。身体だけなら、15歳ぐらいだ」

 「凄いなぁ」

 「ははは。確かにな。不老不死の魔法は相当な力を元々、持たないと出来ないからな。私の世界でも出来る者は片手に数える程度だった」

 さっきまで泣いていた少女は自慢気に笑った。

 「それで・・・元の世界に戻る術はあるの?」

 隆は冷静に尋ねる。

 「そ、それは・・・」

 笑っていた少女は急に不安気に落ち込む。

 「まさか・・・魔法の無い世界があるとは思って無かった」

 そう呟き、彼女は持っていたジュースの入ったコップに涙の粒を落とした。

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