鏡花水月
田中ソラ
本編
1.水鳥
「
「おはよう」
「また見てるの?」
「うん」
教室の窓の外、木の下でいつも誰かを待っている様子のあの人。
名前は……。
「
「怖くなんてないよ。綺麗な人だよ」
「え~?」
金色に染められた髪に空のように青い瞳。
名前の通り、青。漢字は違うけれどね。
「それにあの人不良なんでしょ? ピアスだって沢山空けてるらしいし近づかない方がいいよ!」
「……近づけないよ」
その立ち振る舞いはとても美しくて、遠くから見ているだけでも貴方の美しさが伝わってきて胸が躍る。
でもたまに、近くで貴方を見て、貴方と話してみたいと思うの。
どうしてだろう?
ただ、見てるだけでいい。話したらあの人の美しさが私によって壊されてしまうかもしれない。
でも、でも話してみたい。
「ダメよ」
「え?」
ダメよ、水鳥。奇病を患っている私が病気を進行させないために貴方を利用している私が貴方に何かを願ってはいけない。
絶対にダメなの。
「水鳥ってさ、あの椎名粟生に恋してるの?」
「え?」
急にそう言われ、思わず戸惑ってしまった。
「だって毎日毎日熱い眼差しで見つめちゃってさ~どこがいいわけ?」
「……分からない」
本当に分からない。
あの人の魅力はあの人自身にしか分からない。
ただ遠くから見つめているだけの私に、あの人の魅力が分かりっこない。
「分からないのに好きなの?」
「好きかさえも、分からないの」
そうやって誤魔化してしまうのは私の悪い癖かもしれない。
たしかにあの人は美しくて魅力的で、好きだ。
でもあの人を利用している私が「好き」なんて言っていいわけない。
私なんかが、あの人に感情を抱いていいのかさえも、分からないし、分かろうとしない。
何故なら、あの人を利用してしまっているから。
「ならいっそのこと本人に聞いてみたら? 『いつも私に見つめられてどう思いますか?』って」
「無理だよ。そんなこと」
いつも見つめていることをあの人は気づいていないかもしれない。
もし、気づいていたとしてもただ、引かれているだろう。
毎日、知らない女から見つめられてもしかしたらストレスになっているかもしれない。
そんなことを思うけれど、見つめることを辞めることはできない。
病気が進行してしまうから? 死にたくないから?
違う。貴方を見つめることが好きだから。貴方が、好きだから。
「もう、水鳥は臆病ね~ズバっと聞いて、振られたら次に行けばいいの!」
「もう……」
重要なことを軽く言ってしまう友人に呆れながら、苦しくなった。
私はあの人のことをずっと、ずっと見てきたの。
いつも立っているあの場所に来る、あの人の横に立つ友人の男性。
あの人の横に立つ、綺麗な女の人。
ずっと見てきたからこそ、私があの人に釣り合うはずないって分かってる。
だからこそ、遠くから見つめることしかできないのだ。
「いないね」
「そう、だね……」
ある日。
ばったりとあの人を見なくなった。
いつもは雨の日でも傘を持って、あの場所に立っているのに何日経ってもあの人を見かけることがなくなった。
「どうしたのかな?」
「さぁね。まず椎名粟生が何歳で、どこに住んでるのかさえも知らないしね」
「たしかにそうだね」
学生のような格好をしていたけれど、実際のことは分からない。
名前だって、友人経由で聞いたぐらいだ。あの人の私生活なんて知りようがない。
あの女の人と別れたからあの場所に来なくなったかもしれない。
反対に同棲し始めたから、結婚したから待ち合わせる必要がなくなったかもしれない。
色々なことを考えると少しずつ胸が苦しくなっていった。
「水鳥!?」
「苦しい……」
「水鳥、水鳥!」
あの人を見なくなって、あの人の姿が心から消えそうで苦しい。
触れたい。貴方に、貴方の心に触れたい。
奇病が、進行してゆく……。
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