第一話 伝説の始まり


はぁー。溜息をつく。

 休日である日曜日の夕方、明日から高校3年目を迎える新学期が始まる前日である今日、ホームセンターで自分の部屋に取り付ける室内ドアの鍵を購入し、最近の悩みについて帰りの電車に揺られながら想いに耽っていた。

 悩みのタネとは将来について、進路、つまりやりたい事である。まぁそのうち見つかるだろうと気軽に考えて高校生活を過ごしていたら残すはあと一年となり憂鬱となっていたのだ。

 その原因も分かっている。高校生活は特に部活や勉学に励んでいたという訳でもなく高校から趣味となったアニメ漫画ラノベなどオタクライフを楽しんでいたからだ。

元々興味もあり友達の影響やアニメブームであったこともあるが、こんなに青春や勉学から程遠い高校生になる予定はなかった。しかしまぁ自堕落な高校生活を過ごしていた事は変えようのない事実である為、これはまさに自業自得なのだ。

 もうしょうがないのだ。


そしてもう一つ悩みとなる出来事が起こる。

そんな生活を送っていたある日のこと、趣味であるアニメを自部屋で真剣視聴中に鍵のついていないドアをノックもせず”父”が入ってきて唐突にこう言ってきたのだ。


「いきなりすまんがシュウ、お前将来についてちゃんと考えたことがあるか?」


 ホントにいきなりすぎる質問すぎてアニメを見ていたニヤケ顔で固まったまま、父と顔を合わせてしまった。

   ・・・・・・・・・

 ニヤケ顔の自分と真剣な顔をした父との間で数秒間イヤーな沈黙が生まれる。萌えアニメが流れながら父と子は見つめ合っていた。そして返事をする前に父は呆れた顔を作りとてつもなく深い溜息を吐きながら部屋を出て行った。

なんやねん。


 びっくりしてその時父が何を言いたかったのかはさっぱり分からなかったが、今思えば自分が今悩んでいる事について父は忠告したかったのだろう。

父は察しがよく、また出来の良い妹と比べて心配になったのかもしれない。

 しかし父よ、いきなり息子である思春期のプライベートルームに入ってくるのはやめてくれ。ほんとやめてくれ。

部屋に鍵を着けようと思ったのもこれがきっかけである。


 電車で帰っているとここ最近は毎回この悩みと父親の出来事が頭をグルグルしている。もはや日課みたいなものになってしまった。


はぁー。

 何度目かの溜息を吐きふと賑やかな声のする方に目が向かう。髪を染め、服装からして正に陽キャと言った感じの男女達が騒がしく会話を楽しんでいた。憂鬱となっている今の自分とは対称的に明るく楽しげな存在だったのでつい見てしまったのだ。そんな暗澹とした自分の視線に気が付いたのか陽キャの一人である特に柄の悪い男と目が合ってしまう。


 ヤーバい。男は座っている自分の目の前まで近付いてきた。


 「お前さ、何俺らにガンつけてんの?ん?」


 「や、ツケテナイッスヨ。。。」


引きつった顔をして甲高い声で答えてしまった。アニメや漫画みたいにヤンキーに絡まれたらどういう返事をするかよく妄想していたのに現実はこの体たらくである。


 「えーちゃんやめたれよービビってんじゃんそいつ」

 「そーだよー。虐めてるみたいでかわいそーだよー」

 「あーもしかして、ウチらうるさかったから見てたんじゃない?ごめんねー」

とお友達たちも笑顔で言ってきた。いい人達かもしれない!


 「や、あの、その、あはは、、、」

しかしそんないい人達に対して自分は冷や汗だらだらでまともに返事のできないキョドったオタクと化していたのである。それが気に障ったのか男は舌打ちを鳴らした。コエー。


 「うるさかった?だったらすまんねー。けどよ文句あんなら直接言ってこいよ、そんなにずっとガンつけるこたないだろうがよ」

えーちゃんと呼ばれた男は顔を近づけて凄んできた。この人だけ悪い人なのかもしれない。めっちゃ怖い。


 そんなに見てなかったでしょ!目あったのもたまたまじゃん!と言ってやりたいがビビって喋れない。正に蛇に睨まれたカエルである。いやヤンキーに睨まれたオタクである。なんでこんな事になったのか考える。馬鹿みたいに溜息を吐き過ぎて幸せが逃げて不幸を呼んだのかな。なら自業自得だわーあはは、などとしょうもないことを考えて落ち着こうとしていた。


 実際少し落ち着いたので周りの乗客に視線をやるが誰も助けに来てくれなさそうである。当然ながら皆この状況に巻き込まれたくないのだ。もし助けてくれる人がいるならアニメみたいで助かるんだけどなーなどと怖すぎて現実逃避的思考をしていると、この冷えた状況の中話し声が聞こえてきた。女性の声だ。


「あんだよ、文句言ってよかったのかよー。うるせーからシメてーとは思ってたんだがいいらしいぜ、”コウちゃん”」

「”サキ”、文句言っていいとは聞こえたが、シメていいとは言ってないぞ」


  同じようなもんだろ、と最初に発言した女性が呟き、ニヤつきながらこちらに近づいてくる。その後ろに話し相手であろうもう一人の女性も一緒に。


 まずその二人の風貌にとても驚いた。最初に発言したであろうヤンキーねーちゃんは金髪長髪、細身だが長身だからか体が大きく見える。そしてとても小顔で可愛らしいのだが雰囲気がガチヤンキーすぎて可愛いは消し飛んでいる。おまけに真っ赤な龍の刺繍の入ったスカジャンを着ていた。

 もう一人の女性も金髪だが短髪で身長は女性の平均値っぽく、長身の人と同じく美人である。そして真っ黒な鬼の刺繍が入ったスカジャンを着て女性らしからぬ雰囲気をしていた。しかし何より目がひかれるのはその大きなたわわな・・・


「この状況で何を見てんだよ、おい」

短髪の女性は蔑んだような目でこちらを睨んでいた。すいません現実逃避です。

とにかくヤンキー美人おねーさん二人組がこちらに近づいて来たのである。


「あんたらなんだ?カンケーねーだろうが、すっこんでろや!!」

えーちゃんはこの二人に物怖じしない態度で大声でそう言い放った。えーちゃんすげーよ。


「カンケー大有りだわクソ野郎。アタシはおめーがうるせーと思ったからシメにきてんだよ。言ったよな、シメに来いってよ」

「だから言ったのは文句だよ、サキ」

巨乳の人はツッコミ役らしい。しかしこの二人顔立ちがとてもよく似ているような・・・


「女がシメるとか何言ってんだか・・・・・・うお!?」

えーちゃんはそう言うと体が浮いていた。いや持ち上げられてるのだ。長身の金髪おねーさんがえーちゃんの胸ぐらを掴み吊るしているのだ。しかも片腕で。

片腕???


「なぁ・・・聞き違いかもしれねぇが、おめーアタシに喧嘩売ったよな、売ったよなぁ・・おい」


 どうやらえーちゃんがおねーさんのブチ切れスイッチを押したらしく、素敵なにやけ顔でとてもこのおねーさんが発したとは思えない唸るような低くドスの効いた声でえーちゃんを問いただす。更にその声はえーちゃんにしか聞こえないぐらいの声量なはずなのに周りの乗客も恐怖のどん底に突き落とすほど暗く深く全員の耳に届いていたのだ。空気がさらに張り詰めて冷たくなっていく。当然直に聞かされたえーちゃん自身が一番身の危険を感じているはず。何せ俺からしたら今の光景は龍の腕に捕まりえーちゃんが喰われようとしているように見えるのだ。

 ほんとにそう見える。しかしこんな現実離れした妄想が直に見えるのは初めてだ。アニメの見過ぎかも知れない。いや確実にそうだと思う。

 我に帰りこれからの発言、行動に気を付けなければえーちゃんの身の危険が危ない。さっきまで自分をドヤしていた人をなぜか心配している自分は最高におかしくなってるなと思いつつ、いや今この恐怖の戦場を味わっている乗客全員は戦友、つまりえーちゃんも戦友、この戦場を乗り越えるのだ、助けねばならないのだーとかいやいやさらに何を言ってるんだ俺は・・・


 そして怖くておかしくなっていた自分は気付けば龍の腕を掴んでいた。考えなしに。当然龍はこちらを睨む。餌が増えたような目つきでこちらを睨む。


『獰猛な生き物と目があった時、目を逸らしてはいけない』


と昔見たアニメ、魔法少女ニュークリアのセリフが脳裏をよぎり、その教えの通りこちらも龍を睨み返す。

 そして沈黙が生まれ長い時間睨み合いが続いているような感覚に陥りながらも祈願する様に言葉を絞り出した。


「はなして、やって、ください」


 身体中の全エネルギーを使ってようやく出た言葉がこれだった。

 するとちょうど電車が駅に止まり、それと同時にえーちゃんは龍から解放され床に倒れ込んだ。さっきまでの張り詰めた空気は電車のドアが開いて空気が入れ替わるように消え、乗客たちは逃げるように一斉に降り出した。しかしえーちゃんは腰が抜けたのか立てない様で、それに気づいたお友達が肩を貸し電車を降りようとしていた。やっぱりお友達はいい人達だった。

 電車を降りる時、えーちゃんとさっきぶりに目があった。俺は戦友を見る様な眼差しでえーちゃんを見つめた。えーちゃんはキモがるようにすぐに目を逸らしお友達と一緒に出て行った。心の戦友と思っていたのは俺だけだったらしい。


「おめーよぉ・・・」

 龍ではなく金髪のおねーさんがこちらに話しかけてきた。

どうやら人に戻ったらしい。いつの間にか電車内は金髪おねーさん二人と自分だけになっていた。 冷や汗ドバドバである。ヤーバい。


「なかなか根性あるじゃねーか、あのクソに絡まれてる時はただのもやし野郎と思ったが見直したぜ」

 少しだけな、と軽くジェスチャーをして近づき、俺の肩を軽く叩いて金髪長身のおねーさんは外に出て行った。肩を叩かれた時、胸がドキッとしたが恋心ではないのは確かである。続いて巨乳の金髪おねーさんはまた蔑むような目で自分を睨み外に出ていくのだった。

あの目は癖になりそうと思った俺はもしかしたらMっけがあるのかも知れない。


 そんなこんなで俺は無事帰宅に成功した。あの後ボーッとしながら家路を辿っていたらだいぶ遅い時間になってしまった。帰宅して早々、布団の上にダイブした途端とてつもない眠気が襲って来る。あのヤンキー達との時間は数十分もなかったはずなのにとても長い時間あの場所でいた感覚になる。濃すぎる1日はもう御免被りたい。とても疲れるのだ。

明日は学校だし始業式だしもう寝よう、今日の事はもう忘れよう。巨乳のおねーさんだけ覚えとこう。YES巨乳NOヤンキー。


「いきなりすまんがシュウ、お前将来についてちゃんと考えたことがあるか?」


目を閉じかけた途端ノックもせずまた唐突に父が部屋に入って来た。

 お父様今日はもう勘弁してください。


明日は必ず買って来た鍵をドアに付けよう。

そう心に誓って父の目を見ながら目を閉じ今日を終えるのであった。




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ヤンキー姉妹の舎弟になったオタクくんの一年青春戦争回顧録 有料ゴミ袋 @totomama2221

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