其の拾伍
「人とは本当に愚かな生き物であるな」
アマクサは笑いワインで口を濡らす。
左翼は指揮官を含め大半の兵を失い機能を失った。
立て直すにしても指揮を執る者が居ない。この戦いではもう使い物にならないだろう。
(それにしても正面が本当に良く粘るな……予定外ではある)
岩山の正面、入り口である場所をたった二人が死守している。
老人と小娘を見つめ、アマクサはまた笑う。
「だがどうやら命運尽きそうだぞ? どうする武蔵の子よ?」
クスクスと笑い彼はまた正面に目を向けた。
「大将」
「どうした? へばったか?」
「それは大将でしょう」
虚勢を張った二人は同時に息を吐いた。
敵陣の真ん中で暴れ回るには流石に無理があり過ぎた。
もうどれほどの人間を屠ったのかも覚えていない。本当に手当たり次第なのだ。
「で、大将?」
「何だ」
「この死体……俺っちたちには関係無いですよね?」
「ああ。ただの死体だ」
二人の前に鎮座している死体。
座っている椅子からして玉座と呼ばれる物に見えるが、それに腰かけて居る人物が普通死体の訳が無い。
「ファーズン王、討ち取ったり~とか言って良いんすかね?」
「他人の手柄を横取りするのは趣味じゃ無いが……」
確認がてら手を伸ばし死体を検分する。
どうやら一刀で斬られていた。それも鮮やかな太刀筋だ。
「良い腕だ。ミキがこの領域に来ているなら俺はもう帰る」
「たぶん違いますって。どう見てもこの死体、一日ぐらい経ってますから」
「ならヨシオカか」
「そうですね」
やれやれと頭を掻いて、ゴンは死体の頭に乗っている王冠をひょいと奪った。
「なら奴らはこの戦いでファーズンを潰す気ってことですかね?」
「それかミキの言葉が正しいかだな」
「……俺っちまだ死にたく無いんですけど?」
「奇遇だな。俺もだ」
休憩を終えて二人は軽く体を伸ばす。
掴んでいた王冠を被ったゴンは……とりあえずで玉座に座る死体を棒で突いた。
「ファーズン王の首、討ち取ったり~!」
「……やりたかったのか?」
「一度ぐらいは」
ヘラヘラと笑う相手にミツは肩を竦めるる
するとその声に反応してワラワラと敵兵が駆け寄って来た。
「ほな大将。続きと行きますか?」
「お前一人でやれ。何せ王を討ち取った男だろう?」
「そな殺生な~」
笑い二人は殺到する敵兵を駆逐しだした。
「「……」」
沈黙が辺りを支配する。誰もが彼の歩みを止められない。
射かける矢ですら恐れをなしたのか……自然の逃げる始末だ。
ファーズンの闘技場で最強の称号を得ていた化け物、ショーグンの歩みは止まらない。
「続けざまに射よ!」
「ですが矢は正面攻略に」
「残りを全てあれに使えば良い! 敵の最大戦力だ! あれを殺せば敵にはもう我らに逆らえる存在などいない!」
吠える分隊長に、従う部下がまた矢を射る。
寸前でショーグンを回避し地面に突き刺さる。
異様な光景に……囲う兵たちの腰が引けた。
「化け物だ……」
誰かが呟いた言葉が伝播する。
兵たちに恐怖を与え、それでも無人の野を歩むが如くショーグンは止まらない。
彼はただ一人の人物しか求めていないからだ。
「お爺ちゃん?」
「……」
こふっという音と共に吐き出された物は血液だった。
ディックの口から溢れる血は、喉を伝い服を濡らす。
正面の攻略に対し、ファーズンは矢を使った物量戦に切り替えた。
結果として射手と矢の残量に難のあったディックたちは、否が応でも後退を強いられ……そしてとうとう敵の攻撃が届いた。
カロンを庇い背中に複数の矢を受けた老人は、震える目で我が子を見つめる。
「お爺ちゃん」
少女は笑い老人に抱き付いた。
こんなに甘えられるようになったのは、あの二人と出会ったからだ。
あの出会いが無ければこんな風に甘えることも出来ず、何よりもっと早くに死んでいた。
「カロン……や」
「うん。分かってる」
「そうか」
笑い口元から血を溢れさせ、老人は我が子の頭を撫でると両膝を地面に着いた。
「わたしが看取るから。お爺ちゃんを一人で逝かせないよ」
笑う少女はそっと相手の顔を撫でる。
何十回、何百回と、ボウに矢を番え弦を引いて来た少女の手は、皮や皮膚も破け血まみれだった。
それでも我が子に撫でられるディックは穏やかな表情を浮かべる。
「ありがとう。カロン……先に……」
「うん」
力を失い重くなって支えきれず、少女は泣く泣く相手を地面へと降ろす。
もう死んでしまった大切な人を見つめ、軽く咳き込み吐血する。
自分の身が限界など過ぎていることを再確認し、カロンはそれを掴んだ。
彼が大切に使って来たボウに矢を番え、そしてその矢じりを自分の顎下に向けた。
「ありがとう。お爺ちゃん……本当に」
ターンッ
流石のレシアも踊るのを止めてしまいそうになった。
それでも唇を噛んで耐える。耐え忍ぶ。
自分が投げ出すことは出来ない。少女が……カロンがここまで頑張ってくれたんだから。
『ありがとうお姉ちゃん』
満面の笑みを浮かべて少女がこちらを見る。背後に立つ老人は優しく少女の頭を撫でていた。
(ディックさん。カロンちゃん……)
『悲しまないで。お姉ちゃんにはずっと笑ってて欲しいから』
(でも)
『良いから笑って。わたしも笑ってお爺ちゃんと一緒に逝くから。だから笑って』
(うん)
老人は微かに頷き、小さく手を振った少女と共に消えた。
レシアは涙を二粒落とし……それでも笑顔で舞い続ける。
(C) 甲斐八雲
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