其の拾弐
復讐を終えて命尽きるマリルをレシアはずっと見ていた。
(マリルさん……)
彼女は気付いて顔を向けて来る。
『私はこれでお終い。でも後悔はしてない。きっと他人には首を傾げられるかもしれないけど……私はこの復讐に人生の全てを賭けたの。だから何の悔いも後悔も無い。満足よ』
いつものように笑いマリルはレシアに指を向けた。
『勝って貴女は元気な子を産みなさい。それでその子を良い子に育てる。私や貴女に似ないようにね』
クスクスと笑い彼女は手を振って姿を消した。
(はい。必ず)
また一粒涙を溢し……レシアはそれでも踊り続ける。
「デンシチが逝ったか」
アマクサは笑い召使いにワインを求める。
陣内を這いまわるネズミの気配は察していたが、彼はそれを放置したままだった。
何故なら最終的に自分だけが勝ち残りさえすれば良いからだ。
最初から仲間などいない。部下や兵などは必要だから使っている駒でしかない。
自分でなく他人が始末してくれるならそれはそれで悪くない。
何より必死に生きる人間の滑稽な姿を見るのは嫌いでは無い。
「だが全く前線が進んでいないのは?」
正面口に視線を向けたアマクサはそれを見た。
鬼気迫る迫力で弓を操る老人の姿を。その後ろで老人を支える少女の姿を。
「滑稽滑稽。二人で万の軍勢を押さえるか? ならば見よう。この二人がどう逝くのかを」
手渡されたワインを口にし、アマクサはまた笑い出した。
据え付けていた連弩は壊れた。最初から一回限りの仕様で考えていた物だから、連射することは想定に無かった。それでも三度使たのは奇跡に等しい。
矢を放った衝撃で軸が壊れて自壊した連弩から離れ、老人と少女は掘って作った穴に隠れていた。
相手の移動する呼吸に合わせて顔を覗かせ矢を射かける。
据え付け兵器を失い従来通りの戦い方に戻った二人は、ゲリラ戦法的なかく乱で相手の進撃を封じていた。それでも数は二人。何より最初から無理だらけの作戦でもある。
「お爺ちゃん」
「どうした?」
「残りの矢筒が」
娘と思っている少女が背負う矢筒は残り三つ。本数にして百と言ったぐらいか。
「やはり鍛冶屋が居なかったのが痛いな」
「うん」
「それとあの連弩は矢を撃ち過ぎだ」
「うん」
お陰で正面から殺到して来た兵たちを面白いほど屠ることが出来たのだが。
「向こうの穴に隠してある矢が無事なことを祈ろう」
「うん」
「……大丈夫? カロン?」
「うん」
頷くだけの少女の顔色は決して良くない。元々血の気を失った顔色の少女だが、今はもう土色に近い。
長くは無いと理解し、老人は少女の手を引いて駆けだした。
移動しながら構えたボウで敵兵の眉間を打つ。グリラと比べれば人間など狩りやすい生き物だ。
「こっちの穴はまだ無事だったか」
「うん」
矢筒を回収して少女と自分とで背負う。
このままじり貧続きではいずれ正面を突破されてしまうが、それまでに敵陣深くに入り込んだ者たちがことを成してくれると信じるしかない。
「カロン」
「うん」
「もう少し生きろ。良いな」
「……はい」
頷きではなく返事をし、少女は老人のボウに矢を番える。
立ち上がったディックの矢はまた兵の眉間を貫いた。
「矢より兵の数が多いのはやはり無理がある」
それでも彼の愚痴は止まらない。
左翼を預かるファーズンの将軍は迷っていた。
本陣からの指示は全くなく、最初に来た『各人奮闘し敵を全て駆逐せよ』の命令が一度きりだ。
故に彼は悩んでいた。
『このまま動かないのはこの指示に反することになるのでは?』と。
しかし最初の右翼の惨劇を知っているから動けない。
自分たちも動けばあのような目に遭うのでは?
恐怖が込み上がって来る。それでますます怖じ気づいて動けなくなるのだ。
「将軍!」
「どうした?」
「はい。中央も進軍速度が遅く、何よりこちらの被害は大であると」
「……」
報告を持って来た部下の言葉に不安が募る。
『自分たちは少数だからと相手のことを舐めてかかり過ぎたのでは無いのか?』と。
敵はどう見てもこの日の為に万全な支度を整えている。それが意味するのは……やはりこのまま進めば敵の罠が待っているかもしれないと言う恐怖だ。
「将軍」
「何だ?」
「我々も動くべきでは?」
報告を持って来た部下がそんな進言をして来る。
年若く血気盛んに見える彼は、闘いたくて仕方ないのだ。
「相手の罠があるかもしれん」
「ですがこのまま手をこまねいていたら……我々は手柄を何もあげられずにただ立っていたと後世まで笑われましょう」
「……」
将軍としてはそれで良いと心の何処かで思っていた。
だが若き部下は止まらない。上官を無視して他の同僚たちに話しかける。
「我々も手柄が欲しいと思っているはずだ。だがこのままでは何の手柄も得られない。どうだ?」
若い部下の言葉に賛成の声がチラチラと聞こえて来る。
将軍は焦り口を開いた。
「罠があるかもしれんと言っているだろう?」
「ですが右翼のあの火を見ましたか? あれほどの油をどこから集めたと言うのですか?」
「それは……」
「それにあれほどの油を二か所など、普通に考えてあり得ない。ならば敵はあの一点に罠を仕掛け、右翼の者たちを嵌めたと考えるべきです。そして我々は罠を恐れて動けなくさせた」
「……」
風向きが変わった。若い部下の言葉が正しく聞こえ、賛同者が増えたのだ。
「あの罠は一つだけです。だからこそ我々は動くべきなのです!」
多数が向こうとなり……将軍は渋々左翼の行軍を命じた。
(C) 甲斐八雲
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