其の拾参

(正面は未だ抜けず、左翼は手柄に駆られた馬鹿者たちが血気盛んに動き出したか。陣中のネズミは二匹が走り回って……ん?)


 ふとアマクサは思考を止めて確認する。

 よくよく観察すれば、陣中のネズミと称した二人の顔が知らぬ者であった。


(武蔵の子とショーグンでは無いだと? ではどこに?)


 自身の感覚を広げて見渡すが、二人の姿は見つけられない。


(まあ良い。この首を取りに来るのであればいずれ騒ぎとなるであろう)


 笑いアマクサは戦場に目を向ける。




(静かになったな)


 巨躯の体を無理やり押し込み、沈黙していた男はゆっくりと目を開いた。

 敵が陣取りそうな場所を事前に予想し穴を掘る。そして作っておいた場所の一つに彼は飛び込んだ。


 話に聞く大トカゲが不意打ちで参戦して来るとは知らなかったが、世の不思議をこれでもかと集める二人であるなら不可能でも無いのだろう。

 心配することがあるとすれば、自分自身が無事に事をなせるかだけだ。


(マリルは上手くやったのだろうか?)


 寝ぼけているか色気を振り撒くか……普段の彼女は何処か危なげだったが、その目に宿している復讐の炎は自分以上のものだと認識していた。

 あそこまで人を恨み復讐だけに生きる人物を彼……ショーグンは知らない。


「不安になるのは決意の違いか。ならばこれより……俺もただの復讐者となろう」


 眼前の板を押し飛ばし、彼はその身を起した。

 板は事前に土を塗って偽装しておいた物だ。穴に身を隠し板で蓋をする。そんな物など直ぐに見破られると思っていたが、禿頭の老人が何やら細工をすると、狼たちですら発見できなくなった。


『お主にだけは分かるようにしてある。それとこれを持て』と一緒に手渡されたのが木札だ。

 矢を避ける加護があるらしいが、どれほど避けられるかは運次第とのこと。

 服の上から木札を確認し、ショーグンは左右の手に斧を掴んで軽く腕を回した。


「まさか……?」


 運悪く歩いていた兵がそれを見た。

 地面から湧きだして来たのは間違いなく闘技場で不敗を誇っていた男。

 数多くの挑戦者を退けて躯の山を作った者だった。


「おいお前」

「ひぃっ!」


 声をかけられ兵は自分の人生の終わりを痛感する。

 歩いて近づいて来たショーグンの迫力に飲まれ、両膝を地面に着く。


「セイジュは何処に居る?」

「……知りません」

「そうか。なら用はない」


 振り向き様に手斧を一閃し、兵の首を飛ばしたショーグンは辺りを見た。

 少し遠くで騒いでいる場所があるが、多分そちらに大トカゲが居るのだろう。


 どっちに行くべきか?


 悩む彼の頭上を一本の矢が音を発して通り過ぎた。

 笛を付けられたその矢は、真っ直ぐと騒ぎの方へと飛んで行く。

 ショーグンは苦笑すると、その矢を追って走り出した。




「全く……戦場で敵を探すな」


 ミキは呆れながら簡易的な櫓の上から下に向かい矢を放つ。

 敵陣の真ん中で迷子になれる人物はそうは居ない。そう考えると珍しい物を見たことになる。

 音の鳴る矢を使ったために集まって来た敵兵を全て射殺し、ミキはその場で弓を捨てて櫓を降りた。


「さて。こっちも仕込むかな」


 比較的体格の似ている躯を漁り、ミキは鎧を剥ぎ取った。




 彼らは急ぎ岩山を登っていた。


 迂回を強いられる地形が恨めしいが、それでも後方まで回ればどうにか舞台を伺える。

 事前の調査でそれを知り、彼らは何度も襲撃に必要な道具と人員を集めていた。

 計算違いがあったとすれば……ミキが後方の備えを万全にしていたことだ。


「いらっしゃい……お馬鹿な人の子たちよ」


 クスクスと響く笑い声に、先を急いでいた者たちが足を止めて周囲を警戒する。しかし相手の姿は見えない。

 見えないが……一人、仲間が首から血を溢れさせて地面に転がった。


「ここは私が彼から預かった場所。決して誰も通さないわ」


 実力だけなら長老に次ぐと仲間たちに言われている狼……マガミは、眼前に居る人の群れに牙を剥いて襲いかかった。




「どうだ! 敵など一人もいないぞ!」


 指揮官の座を半ば奪い取った若者が、攻め入った左翼で吠える。

 確かに柵や穴など掘られているが……誰一人として人は居ない。

『見たものか?』と言いたげに指揮官の座を奪われた男に笑いかけ、若者はその手を眼前の岩山に向けた。


「このまま進み、あの岩山沿いに右へと進み正面の兵たちを攻撃している敵を打つ。そしてそのまま流れ込んで敵の本拠地を制圧する!」

「「おおっ!」」


 勇ましく声を上げて兵たちが若者に続く。

 このまま行けば一番の手柄は間違いない。終わってもいない戦いの後を夢見て暴走しだしているのだ。


「あまり急いで動かない方が」

「煩い!」

「何だと?」


 将軍の言葉を一蹴する若者は、やれやれと言いたげに顔を向けた。


「そうやって慎重に行動していたら我々はここまで来ていない」

「だがここに来れたのも、何より敵が居ないのも罠かもしれないだろう!」

「罠? こんな場所でどんな罠が?」


 嘲り笑い若者は両腕を広げた。


「油の臭いもしない。全然しない。それで敵はどんな罠を? ここに矢でも放ちますか? だったら岩山の頂上が危ないですね。全員将軍様のお言葉だ。あの岩山の頂上を見張れ」


 額に手を付け岩山を覗く若者の様子に指揮官であるはずの将軍が激高する。


「馬鹿を言うな! 何も火を点けるのは油だけでは無い! 藁や薪があれば」


 言って将軍は辺りを見渡した。

 ここには木製の柵が多く張り巡らせれている。そして人の形を模して造られた藁人形も多く居る。

 将軍を務めるにあたり彼は色々と学んだ。火計と呼ばれる戦略を彼は知っていたのだ。


「確かに木は多いですが……一つ一つに灯して回ると?」


 笑う若者に、将軍は静かに頭を振った。


「……そんな必要はない。火薬を用いていればあっと言う間にこの場所は火の海だ」


 力無く呟いた彼の言葉に反応し、辺りに焦げた匂いが漂い出した。




(C) 甲斐八雲

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