其の拾

 その身を餌にして大トカゲを呼び出した七色の神鳥たちは、仲間が食われるのを見ながら次から次へと姿を現しては化け物を誘導する。

 地図を見て確認した通り、人の群れは平地に集まっていた。ならそこに人を食らう化け物を落とせば良い。全員で話し合って出た結論を全員で実行する。

 群れであっても一つの思考で動くレジックにすれば、犠牲などは特別な意味をなさない。核となる個体だけが殺されでもしなければ、何度でも数を増やせるからだ。


 迷わずに大トカゲの前に姿を現し誘導して食われる。

 誘い出して来るまで、そして誘導してくるまでに多くの分身を消費してしまったが、それでも相手を連れ出すことに成功した。後はこの空飛ぶ化け物を人が怒らせでもすれば……姿を隠し状況を見ていたそれは気付いた。


 地面から天へと伸びて来る太い矢を。


 轟音を発して飛んで来たそれを回避した大トカゲは、パクリと七色の光点を食らい……地面を見た。

 ワラワラと居る人の群れだ。


 ずっと七色の美味しそうな光点を追い飛び続けていた化け物からすれば、それは餌だ。

 一方的に食らい、腹が満ちるまで貪り食らえる弱い家畜。

 ひと吠えして大トカゲは地面に居る人々に襲いかかった。


「コッケ~」


 成功したとばかりに姿を現した核となる個体……ナナイロは、パタパタと羽を動かし地面の様子を見る。人々を襲う大トカゲに対して太い矢が何本も放たれ、確実に羽が傷を受けている。あれではもう飛べない。

 あれの恐ろしさは飛ぶことでは無い。この地に繋がれ逃げられない不満を身に宿し、焦がれるほどの恨みを抱いていることだ。


 地を這う獣と化した大トカゲをナナイロは静かに見ていた。


 異なる世界に住んでいたあれは『魔法』なる物でこっちへと送られた。異なる世界の者たちは厄介払いをしただけだが、元々住んでいた場所から異なる場所に送り込まれた大トカゲは怒り狂い暴れた。

 だから力ある者がこの地に縛り付け生き物を襲わないようにしたのだ。


 故に大トカゲから翼を奪い取る行為がどれほどの意味を持っているのかを、人間は知らないのだろう。

 もうあれはこの場に居る人を全部食らうまで止まらないかもしれない。


「このような場所に主のようなものが居るとはな」

「コケ?」


 振り返ったナナイロはそこに立つ人を見た。

 顔の作りは女性的だが、本能が全く刺激されないから相手が男性だと分かる。ただどうして人が空の上に立っているのかは分からなかった。


「巫女たちは余程自然に愛されているのか、それともこちらが自然に嫌われ過ぎているのか……何にせよ。我々のすることは変わらない」

「コ~!」


 漠然と身の危険を感じてナナイロは方向転換すると全力で逃げ出す。

 悲しいかな……その真ん丸な体に相応しい速度しか出ない。つまりは遅いのだ。


 静かに右手を差し向けた男……アマクサは、逃げ出す球体に力を放つ。


「コケェ~!」


 黒い刃に切り刻まれた球体は、飛ぶ力を失い地面へと落下して行った。




(鳥さんっ!)


 踊りながら全てを見ているレシアの脳裏にその光景がはっきりと映った。

 自分たちと一緒に旅をして来たナナイロが、傷ついて地面へと落ちて行く様子が。


 戦うことはせず色々と手を貸してくれた助平な鳥は、地面にぶつかり全く動かなかった。

 ポンポンポンと弾けるように残った個体も消え失せた。


(鳥さん……)


 また一粒涙を落とし、それでもレシアは止まらない。

 母親に教わった踊りはこの日の為のものだと分かっているから。

 だからこそ止まらない。この踊りを終えるのは……全てが終わってからだと決まっているからだ。


(ありがとう……)




「矢をあの化け物に集中させな!」

「「おうっ!」」


 セイジュの言葉に直下の部下たちが迷うことなく反応する。

 彼らは主人であるセイジュの為なら死ぬことも迷わない者たちだ。

 羽が傷つき地面を這う大トカゲが迫って来ていても決して逃げようとはしない。


 命じられたことを粛々と実行し、また太い矢を化け物に打ち込む。

 しかし大トカゲの勢いは止まらない。咢を広げて複数の人間を食らっては前進を繰り返す。

 逃げ遅れた者は大トカゲに踏み潰されて、死体で化け物が歩いた道が出来ていた。


「流石に名高る化け物だ」


 スラリと剣を抜いてセイジュは迫る大トカゲを睨んだ。


 この大陸でもっとも強いとされている存在。

 いくら腕に自信があっても自分如き人間が挑んで勝てる保障などは無い。

 それでも上唇をペロリと舐め、セイジュはゆっくりと大トカゲに向かい歩き出す。


「蛮勇ですね。愚かしい」

「邪魔をするな。アマクサ」

「貴女は使える人材ですが、強敵を前にすると歯止めが効きません」


 フワッと姿を現したアマクサは、右手を大トカゲへとかざした。


「これで少しは闘えるでしょう」


 言って黒い刃が化け物を打つ。大地を震わせるほどの咆哮を上げ……大トカゲは地面を転がり回る。


「まあ丁度良い」


 手を出されたがそれでも互角ぐらいと判断し、セイジュは剣を構えた。


「そうそう。余り遊び過ぎませんように」

「どうして?」

「今の混乱に乗じて、ネズミが二匹こちら側に入り込んで来ました。一人は貴女も良く知るショーグンと言う男性」

「ほう」

「もう一人は武蔵の子です」


 告げてアマクサはその姿を空気に滲ませると存在を消した。

 一人残ったセイジュは大トカゲを睨み……そして笑う。


「その二人を相手にするなら、さっさと片付けてしまおうか」




(C) 甲斐八雲

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