其の肆

 バチバチと激しく何かが爆ぜる音が響き渡る。

 ミキはそっと自身の周りに漂う煙を見つめ、自分がその煙に苦しんでいないことを知った。


(夢か)


 あっさりと現状を理解し、ゆっくりと歩く。


 その造りは自身が登城していた場所とは少々の違いがあるが、基本的な物は同じだ。

 ゆっくりと外を望めば、人の波が押し寄せて来るのが見える。

 籠城の末路……攻め落とされ炎上する城の姿だ。


(嫌な物を見せる)


 軽く頭を掻いてミキは歩き続ける。


 ただ敵兵の動きを制する為か、あちらこちら通路が潰され階段も外されている。

 通れる場所を探しながら移動は時間を要し、気づけば辺りには敵兵だらけとなっていた。


 血走った目で城の中の者たちを打ち殺す兵たち。その姿形からやはりと納得した。


 ただ腑に落ちないこともある。

 自分が死ぬまでにこれほどの戦は無かったはずだ。厳密に言えば最後の戦からが正しいが。


 兵たちが男を殺し女を犯すさまを見ながら、ミキはただ歩き続ける。

 どうにか階段を上り隠された通路を通って天守に辿り着く頃には、辺りの火の勢いも増していた。


「ここで良いのか?」

「ああ」


 期待などしていなかったが返事があった。

 天守には鎧姿の男たちと、上座に座るのは年若き少年だった。


「お前か?」

「そうだ」

「何をした?」

「……理想を求めただけだ」


 ゆらりと姿を現したのは、アマクサシロウと名乗った男だった。

 眼前で蒼い顔をしている少年とは全くも似ていない。


「デウスの教えを信じ、我々は神に仕えた。結果として幕府は我々を抹殺することにした」

「ああ。その話なら少しは聞いている。だがあれは方便だろう?」

「方便と?」


 睨んで来る相手にミキは鼻で笑う。


「南蛮貿易を円滑に進める為に南蛮教の教えを広め、異国の者たちを引き込み富を独占した。幕府とてそんなことをされれば動かざるを得ない。富を持った者が次に考えることは明らかだからな」

「……そうだ。だが我々は少なからずもデウスの教えを信じそれにすがった力無き者たちだった」


 苦笑し、アマクサは今まさに槍で突かれんとしている我が身を見る。


「だから戻って幕府に挑むのか?」

「……最初はそう考えていた。だが今は違う」

「ほう」


 槍で突かれて命を絶たれた自分を見下し、アマクサはまるでそれを踏みつけるかのように足を動かした。

 ただ虚しく空を切り……夢が終わる。


「何がしたい。アマクサ?」

「決まっておろう」


 クククと笑い彼はミキを見た。


「我がデウスとなってかの地を支配するのだ」


 笑い……そしてアマクサも消えた。




「大将? つまりそのアマクサって言うのは、幕府に殺された復讐から動いてるってことですか?」

「そうとも言えるが……実は色々と面倒臭い」

「はい?」


 馬が引く荷車の荷台に登り、ミツとゴンは暇潰しに過去の話をしていた。

 生きていた時代が同じで、再出仕を許され将軍の傍仕えをしていたミツはその頃の事情に詳しい。


「最初幕府はただの一揆だと思い兵を動かした。だが相手は一向に収まらない。詳しく調べれば南蛮貿易を円滑に進める為に民たちに南蛮教の教えを広めていたことが分かった」

「そりゃ~厄介ですな」

「ああ。昔の一向一揆と同じだ」


 宗教が絡んだ一揆ほど厄介な物は無い。

 結果として幕府は全てを排除することとした。つまりは皆殺しだ。


「全てを殺したことにすれば生き残った者たちは身を潜める。教えが広がらなければ良いと判断し、徹底的に弾圧して封じ込んだんだ」

「ここまでの話ですと厄介な部分は宗教だけですね?」

「そうだな」


 グイッとワインを煽ってミツは熱い息を吐いた。


「天草四郎時貞なる人物はな……豊臣の血を引いているらしい」

「はい?」


 突然の言葉にゴンも目を見開く。

 一般的には大坂の陣で滅んだことになっているが。


「太閤さんの血ですか?」

「そう言う噂が流れてな……一応調べた。豊臣秀頼の実子と言う噂であったが、どうも違うらしい」

「そうでしょ? 太閤さんの一族は」

「滅んでないぞ?」

「……はい?」


 うんうんと頷いていたゴンの首が止まった。


「直系では無いが木下家として残っている。幕府としても抗う気持ちの無い者を罰することは出来ないからな。細々と生かした」

「……あ~。なら天草は?」

「血は引いておらん。だが秀頼公の遺品などを持っていた」

「どう言うことです?」


 ミツは胡乱気うろんげな目を相手に向けた。


「分からんか? 秀頼公の息子では無いが遺品を持っていた。そう幕府は認識した」

「つまり誤魔化したんですか?」

「知らんよ。本当に違うのかもしれないしな。何より俺が死ぬ前にもさっき述べた木下家に秀頼公の息子を名乗る者が遺品を持って現れたと言う話もあったな」

「何なんですか? その怖い話は?」


 自分の腕を擦ってゴンはブルッと震えてみせる。


「分からんか?」

「ええ」

「この世には望むだけ秀頼公の息子が居ると言うことだ」

「……つまりどっちもどっちで嘘を吐き続けたと?」


 ミツは笑い肩を竦める。


「知らんよ。どれかが真実だったかもしれんし、その真実を隠すための嘘かも知れん。正直俺はその手の話に興味が無かったからな」


 言ってワインを煽ったミツはゴロッと横になった。

 そんな相手の姿を見つめ……ゴンは静かに口を開く。


「大将じゃ無くてミキさんだったら全部調べたでしょうに」

「違いない」


 適材適所。ただ自分が適材では無かったのだとミツは理解していた。




(C) 甲斐八雲

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