其の拾壱

 物凄く失礼なことを言われた気がしたが、相手が気絶しているから文句も言えない。

 基本優しさで出来ているレシアとしては、気絶している少女を放置できずそっと地面に横たえてどうしようか悩む。


 ゾクッと背筋に何かが走り、レシアは振り返る。


 あり得ない存在が歩いて来た。

 死の気配を抑え込むように命の気配がまとわりついている感じだ。


「コッケ~」

「あっ鳥さん」


 何処からか飛んで来た七色の球体がレシアの頭に止まる。

 気分良さそうに小刻みに震える鳥は、レシアが向く方に目を向けていた。


「あっちに行くんですか?」

「コッ」

「分かりました」


 狼の少女を置いて行くことに抵抗があったが、太ももから下の部分の布を外して作った物を少女の体に掛けてやりレシアは歩き出した。


 今まで生きてきた中でこんなにも不思議な存在をレシアは見たことが無い。

 もし死の気配を纏っている者が人ならば、もう死んでいてもおかしくない。それこそ死者が立って歩いているかのような状態なのだ。


「コッケコ~」

「ふぇ?」

「「コケコッコ~」」


 頭上の鳥の声に、向かって来るモノから同じ声が返って来る。

 それは挨拶でも交わすかのような気軽さで……とレシアはそれを見つけて心を激しく揺さぶられた。


 歩いて来ていた。

 あの時別れた少女が。

 自分が吐いた嘘を信じてくれた少女が。


 相手も気づき胸に抱く七色の球体を軽く震わせた。

 想像も出来ない。死んでてもおかしくない状態で少女は来てくれたのだから。


「あっ」


 震える喉から絞り出せた声はそれだけだった。

 もう声を出すことも億劫に感じ、レシアは放たれた矢のように駆けだし……そして少女の前で止まって抱きしめた。


「来たよ……レシアさん」

「うん」

「約束だから」

「うん」


 血の気を失ったその顔は、青白い死人のような色合いをしている。

 だけれども可愛らしい顔立ちで、少女は震えながらも笑ってくれた。


 それだけで十分だった。

 どんな声援でもこれ以上に勝るモノはない。


 力いっぱい抱きしめたいのを我慢して、レシアは少女を優しく包む。

 甘える少女……カロンもしばらくの間、彼女の頬に自分の頬を擦り付けた。


「お姉、ちゃん」

「なに?」

「持って来たよ」


『コケコケ』と鳴きながら、周りに居るレジックたちが彼女に手を貸す。

 普通とは違う目で全てを見通すレシアは、彼らが少女を生かしていることを理解していた。

 きっと彼らが離れてしまえば、一日と耐えられず死を迎えるだろう。


 背負い袋から引っ張り出された白い物をレシアは恭しく受け取る。

 真っ白な……新雪のように白いそれは、丁寧に手入れを施された毛皮だ。


「毎日、手入れを、したから」

「うん」

「……使って。お姉ちゃんの、色だよ」

「うん」


 溢れる涙が止まらない。

 グリラの毛皮越しに少女をもう一度抱きしめ、レシアは体を震わせ声を紡ぐ。


「ありがとう。絶対に使うからね」

「うん」


 カロンも震える手を伸ばし、レシアを抱きしめ返した。




 纏わり付いていた少年がつまらなそうに石を蹴っているのを見ながら、ミキは離れた場所で抱き合う妻と少女の姿から目が離せずに居た。

 隣りに立つ老人など声を押し殺して泣いている。少女の育ての親であるディックだ。


「良かったな」

「ああ」


 グシグシと乱暴に涙を腕で拭い老人はミキを見た。


「ここに来れるとは思えなかった」

「だろうな。でもあの子はああ見えて芯が強い。強すぎるがな」


 苦笑しミキは自分よりも幼い少女に敬意を払う。

『死んでも何かを成し遂げる』という覚悟は良く聞くが、それを実践し成し遂げた者が目の前に居るのだ。


「立派な子だよ。きっと育てた者が良かったのだろうな」

「言うな。あれは儂を反面にして育ったのだ」

「照れるなよ。あの子に叱られるぞ」

「……かも知れんな」


 ディックも苦笑し自分の顔をパンパンと叩いた。そして表情を厳しくさせてミキを見る。

 少女の奇跡に涙する老人ではなく戦士としての表情がそこにはあった。


「敵は多くて強いらしいな」

「ああ」

「勝てる見込みは?」

「薄いがある」

「そうか」


『必ず勝てる』とは言いそうにない若者だと理解している。

 だからこそディックは老体に鞭打ってこの場所まで来たのだ。一番鞭打たれたのは彼らを連れて来た狼たちだろう。レジックの力で強制的に体力を回復させられ延々と走らせ続けたのだから。


「儂は何人やればいい?」

「……手当たり次第全員だ」

「狙いを付けなくて良いなら気が軽いな」


 笑い老人は『少し休む』と言いたげにミキの背中を叩いて歩いて行く。

 きっともう一度泣くのだろう。それも悪くない。


「なあ兄ちゃん」

「何だ?」

「あの子……今にも死にそうな顔してないか?」


 カロンを知らないタインの目にはそう映るのだろう。


 別に怒ることでも叱ることでも無い。

 ミキとてことの顛末を知らなければ自分も似た印象を受けると思えたからだ。


「良く見ておけ」

「何がだよ?」

「あの子が奇跡って言う物を体現させている存在だ」

「奇跡?」

「ああ」


 少年の頭に手を置いてミキは優しく撫でてやる。


「これから俺たちは絶望的な戦いをする。奇跡でも起きなければ決して勝てない戦いだ」

「ふ~ん」


 分かっているのかいないのか、タインは適当に頷くとレシアたちを指さした。


「なら兄ちゃんたちが勝つんだね。だってあそこに奇跡が居るんだろう?」

「……ああ。そうだな」


 苦笑しミキはもう一度タインの頭を撫でた。


「負けられないよな。本当に」


 あんな奇跡を見せられたのだから……その言葉をミキは飲み込み自分の力とした。




(C) 甲斐八雲

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