其の拾弐

(誘い出そうとしているのか)


 クスッと笑いミキは辺りを見渡す。


 道を塞ぐように馬車や荷車が置かれ、進行方向が固定されている。

 ひと目で『何かしらの罠』だと分かるが、ミキは敢えてそれに乗ることにした。

 このまま散発的に戦っていても無駄に疲れるだけだ。だったら相手の誘いに乗るのに限る。


 辺りを警戒しながらミキは道を行く。

 しばらく歩を進めると……広場に出た。

 邪魔な物は退かせとばかりに端に寄せられ、石畳の広い空間が作られている。


 打刀の鍔に手を乗せ、正面に目を向けるミキに……彼は軽く腕を上げてみせた。

 両腕両足を拘束された男だ。


「お前を殺せという指示だ」

「それはつまらない仕事を受けたな」

「俺は楽しみにしていたぞ」


 獰猛な笑みを浮かべる相手をミキは知っていた。


「どうして闘技場の底に居る化け物が外に出る?」

「お前が暴れ過ぎたのだろう……怯えたヨシオカが俺を引きずり出したのだよ」

「それは想像していなかった」


 拘束はされているが、左右の手に手斧を持つ巨躯の男。

 ショーグンと呼ばれる人殺しの王が楽し気に笑う。


「臆病者共を追い詰め過ぎだ」

「確かにな。だが追い詰めれば吉岡が出て来ると思ったが」

「諦めろ。奴らは出て来ない」


 ゴキゴキと首を鳴らしてショーグンは構えを取る。

 ミキも打刀を抜いて右手一本で構えてみせた。


「昔は強かったらしいが……デンシチは爺だ」

「らしいな」

「で、セイジュは強いが表に出ない」

「それは何故?」


 愉快そうに笑いショーグンは体を左右に振るう。


「人に姿を見せるのが嫌だそうだ。あの"女"はな」

「……そうか」

「それにあれは俺の家族を殺した仇だ。出て来れば俺がやる」

「そうか」


 軽く一歩前に足を伸ばし、ミキの左手は脇差の鍔に置かれる。

 そのままの形でミキは一気に間合いを詰めて……そして始めた。




『手斧対刀』


 近しい間合いでの戦いは接近戦で繰り広げられる。

 デンシチの指示で弓に矢を番え狙う男たちは、余りに早すぎる動きに目が追い付かない。

 狙いを定めず矢を放とうとする者も居るが、戦う二人の気配に怯え弦から指を離せない。


 闘技場の主と呼ばれているショーグンが強いのは誰もが知ることだ。

 その化け物を相手に互角に戦える人物が居るなど……ファーズンの兵には信じられないことだ。

 ただショーグンは拘束がある分決して万全では無い。


 一度打ち合い間合いを取った二人は……同時に笑うとまた間合いを詰める。




「ミキが楽しそうです」

「……」


 櫓から次は王都の外を護る外壁の一つに登り、レシアはジト~っとした目で見つめていた。

 街の一画で楽し気に戦っている彼は笑顔だ。

 見てて腹立たしくなってレシアは舌を出して彼に不満を向けた。


「それでどうするの?」

「ん~。ミキが何をしたいのか分からないんですよね」

「そっちは良いのよ。こっちはどうするの?」

「ん? 逃げますよ?」


 サラッとそう告げてレシアはゆっくりと視線を巡らせる。

 彼の指示で逃げ出してからうっすらと見える残滓を追って移動している。

 誰が残してくれたのか分からないが、それを辿るだけで安全な道を歩けるのだ。


「問題はミキをどうするのかですよね~」

「彼なら捨てておいても大丈夫でしょう?」

「ダメです。逃げるなら一緒にです」


 怒りだした彼女にため息をついてマリルはとりあえず逃走に必要な物を頭の中に思い描く。

 食料だ。水などは比較的手に入るから優先するのはそっちで良いはずだ。


「良し分かりました」

「……」

「とりあえずあっちに移動しましょう」

「どうして?」

「何となくです!」


 形の良い胸を張ってそう断言する彼女はやはり凄い。

 あれに付き合える彼は本当に凄い。自分は正直難しい。


「ならさっさと食料を買って逃げるわよ」

「あ~。そっちはダメです。逃げるならあっちの道です」

「……分かったわよ」


 正直本当に疲れたと……マリルは心底思っていた。




「なあ若いの」

「何だ?」

「……手を貸す気はあるんだろう?」


 その言葉とは裏腹に、彼の一撃は重く強い。

 ミキはそれを受け流し、返す刀で斬りかかるが斧で弾かれる。


 速さなら負けないが、力では完全に負ける。

 左手に打刀を持ち換えて、ミキは右で脇差を抜いた。


「二刀か?」

「習練中だがな」

「なら付き合ってやろう!」


 二振りの手斧が容赦なく襲いかかって来る。

 捌くことに徹してミキは相手の攻撃を全て流す。

 それでも腕が痺れ……このままでは長時間の戦いは難しい。


「いい勉強になるな」

「感謝しろ」

「お断りだ」


 実戦での鍛錬を続けながらミキは周りを確認する。

 敵の数は把握した。逃げる方向は運任せになるが……七色の球体が浮かんでいる方に行けばどうにかなるだろう。


「なあお前?」

「何だ」

「何故ヨシオカを狙う?」


 問われてミキは一瞬悩んだ。狙う必要は特にない。

 今回に関して言えばただ相手の狙いを自分に向ける為の虚言でしかない。


「……成り行きだな」

「成り行きか」

「そうだ」


 事実だからそう言うしかない。


「ならヨシオカと敵対する気は無いと?」

「……する気は無かった。でも俺の名前が知られた今、相手は俺を狙うだろうな」

「ならやはり手を貸せ」

「仕方ないな」


 ニヤリと笑いミキは脇差を戻し、打刀を両手で構えた。


「しくじっても恨むなよ」


"斬鉄"と呼ばれる技法がある。刀を用いて鉄を斬るのだ。


 ミキは人生で初めてそれをショーグンを縛り付けている拘束具に対して使った。




(C) 甲斐八雲

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