其の拾壱
「本当に詰まらんな……」
通りに転がる躯を見つめてミキは苦笑する。
ここに来てようやく相手は弓を使うという選択肢を選んだ。
ただ走り回る彼を、回避する意志のある人物に矢を当てることは無難しい。
鉄砲とは違い、矢を番い放つ弓はその動作から射る方向は分かりやすい。飛んでくる方向が分かれば回避する目安となる。結果としてミキは飛び交う矢を掻い潜り逃れ続ける。
一般人にも被害が出始め、弓矢を使うことを止めた者たちが改めて武器を手に襲って来る。
義父である武蔵に吉岡との戦のことを聞くと普段言葉を濁していたが、ある夜不意に『死んだと思った』と呟いていた。
自分を襲う者たちとは違い余程腕の立つ者と戦いでもしたのだろうとミキは察した。
代わりに質が伴なっていない今の相手に勝つことは容易なはずだと無言の圧を感じていた。
余裕をもってそのような思考が出来るのは命の危険を感じないからだ。
「早く出て来い吉岡よ。ファーズンの兵を全て刈り取るぞ?」
ファーズンの王城では届けられる報告で騒ぎとなっていた。
"彼"の指示でシャーマンを捕らえに行ったはずだが、返り討ちにあってしまったのだ。
次いで送り続ける兵たちは全て討ち取られ……そして死に体の兵がもたらした報告に城内が凍り付いた。
『相手は宮本と名乗る者です』
命と引き換えに伝わった報告は余りにも予想だにしていないものだった。
国の中枢をなす者たちは全員が震え上がり、人によっては武器を手に半狂乱となるほどだ。
「セイジュ。デンシチ……お前たちが出向くしかなさそうだぞ?」
クツクツといやらしく笑う彼は玉座に腰かけて居る。
決して彼は国王では無い。国において明確な地位など得ていない。教祖と呼ばれるだけの存在だ。
だがこの国で彼に逆らえる者など居ない。それが事実だ。
彼の名は天草四郎と言う。
その様子からこの場所では無い地が出身であると分かる。
しかし誰もが彼を知らない。恐ろしい力を操る者をだ。
玉座に座る彼はゆっくりと眼下で跪く老人を見た。
彼の名はデンシチ。
吉岡の名を冠する重鎮の一人だ。
だが先にこの地に来た彼は年老いて直接戦うことは難しい。
最近は策を用いたり、薬を使ったりと……剣術家としては恥ずべき行いばかりをしている。
「セイジュはどうした?」
「"兄"は動きません。聖地での戦いを楽しみに気を貯めています」
「そうか。ならばお前が行って来るのだな?」
「……」
怖じ気づいた訳ではないだろう。
だが老いたデンシチは押し黙ったまま思案を巡らせる。
「戦闘奴隷を使います」
「ほう。闘技場の彼か?」
「はい」
鷹揚に頷き老人は肯定した。
「だがあれを表に出して大丈夫か?」
「ええ。平気でしょう」
「ちゃんと戦うのか?」
「戦わぬと言うなら『捕らえている者たちを殺す』と脅せば良い。今までも、そしてこれからも……あの者はその言葉に従い戦うことでしょう」
「そうか」
クツクツと笑い、四郎は軽く視線を巡らせる。
相手の策に踊らされ、そもそもの狙いである"小娘"が野放しになっている。
正直に言えば、吉岡と因縁のある者よりもあっちの娘の方が厄介である。たぶんあれが話に聞くシャーマンの『巫女』だろう。
聖地の攻略が重要な鍵となる今後を考えれば……。
「まあ良い。お前たちの好きにするがいい」
「はい」
「だが決して忘れるな。我らの宿願を、な」
「はい」
恭しくかしずく老人もまた薄く笑った。
「気に食わないですね」
「……」
こっそりと忍び込んだ物見櫓の上でレシアはらしく無い悪態を吐く。
王城で踏ん反り返っている相手はこっちを見て、まるで『どうにかしてみろ?』と言わん態度だ。
威張られたり、馬鹿にされたりとかなら今まで何度も経験はある。
しかし相手は自分と似ているが別の力を使ってからかっているのだ。
ゆっくりと視線を巡らせてレシアはその残滓を辿る。
闘技場に居る最も強い力と関係を持つ力……それらを結ぶ糸を辿るが、どれもが切れていた。
つまりは『捕らわれている者』は居ないのだ。
そっと自身の親指の爪を軽く噛んでレシアは正面から城を睨んだ。
胸の奥から溢れて来る拒絶感。
あれは絶対に野放しにしてはいけない類の存在だ。
「気に食わないですね」
「……ねえ?」
「はい」
「そろそろ逃げない?」
問われてレシアは周りを見た。
暴れ回っているミキのお陰で兵は来ていない。
だが美人が二人櫓の上に居れば嫌でも視線が集まる。
周りには子供たちが集い『何するの?』と期待を込めた眼差しが集まっている。
「……気晴らししたら逃げますよ~」
「どうしてそうなるのか聞いても良い?」
呆れるマリルにレシアは胸を張る。
「気分です」
「そう。好きにして」
踊り出した彼女が視線を集める隙にマリルは櫓を降りる。
本当に気晴らしで踊って見せたレシアは……最後に一礼をして櫓から姿を消した。
「支度をしろ奴隷」
「連戦とは珍しいな。また俺に殺されたい馬鹿共が現れたのか?」
石壁と鉄格子。それに両腕両足に拘束具を嵌められた彼は鼻で笑う。
牢屋の外に居る兵はギュッと槍を握り締め、それでも相手の姿に恐れおののく。
「デンシチ様の命令で、今回は城下で暴れている男と戦って貰う」
「ほう」
椅子に腰かけ本を読んでいた彼は、パンと音を立てて本を畳んだ。
何となくだが相手が誰かが分かった気がしたのだ。
「案内しろ。今直ぐにだ」
「余計なことは」
「良いから早く連れて行け!」
立ち上がった彼は……その闘気を隠すことなく四方に放った。
(C) 甲斐八雲
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