其の陸
「熱いです~」
「あんなに焚火に頭を寄せるからよ。よく燃えなかったわね」
呆れつつもマリルはレシアの髪を拭く。
旅に適していない長さではあるが、自分と違って毎日手入れがなされている分だけ綺麗だ。
「これでどう?」
「ありがとうございます~」
ある程度拭い終え、軽くなった頭を振ってレシアは天幕へと突撃して行く。
何をするのかと思えば布を手に戻って来た。
「ん~」
「……」
器用に布を縫い合わせていく。
どれもある大きさに切られている生地で、それを組み合わせるようにして作り出す物は……服だ。
「はい。どうぞ」
「……私に?」
「です」
「……」
満面の笑みで手渡された物を受け取り、今着ている服に視線を向ける
服など旅の途中で買えば良いと思い用意などしていない。故に着替えも無くずっと同じ物を着ていた。
「臭いでもした?」
「少し。でも同じ服だとつまらないですしね~」
「つまらない?」
「はい」
クルクルと回りだすレシアに落ち着きは無い。
普段からこれだからマリルも気にならなくなって来た。
「折角の美人さんなんですから、もっと色々と着飾って良いと思います」
「……そう」
そんな風に言われたのはいつ以来か思い出せず、マリルは何故か苦笑してしまった。
きっと目の前の彼女は本当に優しい人なのだろうと……そのことだけが強く伝わって来る。
「ありがとう」
「どういたしまして」
クスリと笑って……マリルは焚火を見つめている彼を見た。
「なら早速」
「ちょっとっ!」
「コケ~!」
着ている服を脱ぎだしたマリルに、レシアとナナイロが声を上げた。
何処に出しても恥ずかしく無い裸体を晒す彼女に七色の球体が大興奮しだす。
「ってどうして全裸っ!」
「あら? 私は寝る時は普段これよ?」
「こぉ~っ!」
「……鳥さん? 今夜からそっちが良いってどう言う意味ですか?」
「こっけ~」
パタパタ、ふよふよと漂う球体がマリルの頭の上に止まった。
「こけっこ~」
「ぬがぁ~! 何ですかその態度はっ!」
「こっ」
「うわ~! カチンと来ました。胸の大きさで女性の価値を決めたらダメです!」
「こっこ~」
と、レシアの動きが止まった。
何となく嫌な気配を感じたマリルは、頭上から七色の球体を退かして地面に押し付ける。
ズンズンと土を踏みつけるように歩いて来たレシアは……球体を全力で踏みつけた。
「ぐぅげ~」
「鳥さん? 誰のお尻が大きいんですか? ミキが奇麗と言ってくれるお尻に失礼です!」
「ごぉげぇ~!」
全力で球体を踏みつける彼女を尻目に、マリルは今まで着ていた服を焚火に放り込んで受け取った物を着る。
争っているあっちに加わる気も無いので、座ってぼんやりしている彼の隣に腰かけた。
「で、私の裸を見た感想は?」
「……妻のが最高だ。そう言うことにしておけ」
「あら? 優しいのね」
恐ろしい目つきでこっちを伺っているレシアがまた球体の躾に戻る。
やれやれと肩を竦めたミキは、改めて隣に居る女性を見た。
「昔からそんな性格だったのか?」
「ええ。そうね」
軽く笑って彼女はまた膝を抱いた。
「たぶん変わってないわ」
(人殺しが楽しく感じられるようになったくらいで)
本心を心の中に封じて……静かになるまでマリルも焚火の火を見つめ続けた。
深夜……マリルは何とも言えない胸の圧迫感に目を覚ますと、胸の上に鎮座する存在に気づいて右の拳を振り抜いた。
天幕を支える棒に激突した球体が布の上に落ちて動かない。どうやら寝ているようだ。
中途半端に目が覚めてしまい、前髪を掻き上げた彼女はふと視線を外に向ける。
天幕の布越しに何かが見えた気がしたのだ。
影のような物だが……焚火は寝る時に消したはずだ。
ならば月明りで影が生じたのかと思ったが、月の光は自分の背中側にある。
目の前に影を作り出す光源は無いはずなのだ。
そっと胸の前で手を握り、もう片方を太ももへと向ける。
何かの時の為にと巻き付けてあるナイフの感触を確認して体を起こす。
這うようにして天幕の布に近寄り隙間から外を覗けば……そこにそれが居た。
白い靄のような塊が動いている。
残り火だけとなった焚火の燃えカスの周りでフワフワと浮かんでいる。
焦りつつも天幕の中に目を向けると、普段ふよふよと漂う存在が転がっていた。ならば何か?
もう一度視線を外に向けると、目の前に白い靄が居た。
恐怖に身が竦む。呼吸すらも忘れて瞼も動かせない。
閉じられない視線で見つめ続けると、靄が変化し形を成す。
獣の顔となって……牙を覗かせる口を大きく開いて食らいついて来た。
余りの恐怖にマリルの意識はそこで途切れた。
「ふなぁ~」
「白い靄だと?」
「……はい」
妻を腰に抱き付かせ、軽く頭を振っている彼にマリルは蒼ざめた顔で頷く。
気絶から目覚めると自分は無事で、靄も消えていた。
一瞬夢かとも思いたかったが……自分が殴り転がった球体はそのままの場所に居た。何より自分自身が天幕の外を覗ける場所に居たのだ。
たぶん夢ではないと確信し、恐怖で震える足を動かしてどうにか彼らの天幕へと来たのだ。
「夢だろう?」
「たぶん違う」
「なら何か出たんだろう」
「……」
腰に抱き付いている彼女を剥してミキは欠伸をした。
「でも大丈夫だ」
「どうして?」
「害意があればこれが気づく。寝ているということはそう言うことだ」
何処までも妻を信じる彼にマリルは泣きそうな表情を作り出す。
「不安ならお前がここで寝ろ。レシアの傍が一番安全だ」
「貴方は?」
「一応火でも起こして外で見張るよ」
「なら私も」
一緒に寝ずの番でもと思ったマリルだが、彼がそれを制した。
「良いから寝ろ。起きればまた街道を歩くんだ。ちゃんと寝ておけ」
そう言い残して彼が外に出る。
何とも言えない表情で見送ったマリルは、ため息をついてレシアの横に転がった。
もしかしたら本当に夢だったのかもしれない。
そう思いつつも……何とも言えない気持ちに口を閉ざす。
こんな風に安心して寝れる時はいつ以来か思い出せなかったからだ。
(C) 甲斐八雲
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