西部編 弐章『偽ることが事実となりけり』

其の壱

 大陸最西端にある港町を出て途中マリルと名乗る女性が加わったミキたち一行は、マリルの意見を聞いてファーズンの支配力が強い場所を避けながら大陸西の国々を回ることとした。

 当初は真っ直ぐファーズンに向かおうとしたのだが、知恵ある者が国に居るのか直線で行くことが難しい。街道には関所が設けられ、わざと迂回させる道筋が築かれている。

 ならばと開き直り、大陸西の国々を全て回ってから向かうこととした。


 最初の地、海のアガンボと呼ばれた国は、ファーズンが攻めて来た時に国王が早々と降伏を申し出て戦火を逃れた。

 アガンボは漁業と海運で財を成す国であり、支配する王家自体の力も弱かった。


 国民も"愛国心"と言う物をほとんど持たず、『あ~。税金納める場所は変わるのか? 変わらないの? ならどうでも良いよ』と言った感じで海に出る。

 海と共に生きる彼らには、国と言う器はどうでも良かったのだ。


 海産物を堪能し、久しぶりに魚料理に舌鼓を打ちまくったミキが……珍しくこの国から出て行くのを渋ったくらいで、肉を求める嫁が半ばキレて彼の手を引き次の国へと向かう。

 目指すは沼のクローシッドだ。




「あれです。もっとこう奴隷っぽくしないとダメです!」

「はいはい」

「何ですかその態度は!」


 街道を行く三人と七色の球体。

 今日も今日とてレシアを玩具にしたがるマリルの誘いに乗って嫁がキレていた。


 大陸の西で暮らして来たマリルからすれば、今更この地の観光など目新しいものは無い。

 故に暇を持て余し、たまに使える毒草を回収するくらいで半分寝ながら歩く始末だ。

 レシアは常人とは違う"目"を持つが故に初めて見る物全てが新しい発見になる。だから暇さえあれば何かしらを見つけ走り出す彼女にマリルの不満は募っていた。


 結果として……マリルの暇潰しにされるのだ。


「そもそも私は奴隷なんて地位に落ちたことが無いの。だから奴隷らしい振る舞いなんて出来ないわ」


 豊かな胸を張って告げる彼女にレシアもまた胸を張る。若干負けている気がしたから背中を反って……それでも身長差で見上げる格好になった。


「ダメですね。こう見えて私は元奴隷です。ミキのお陰で今は彼のお嫁さんですけど……うん。やっぱり妻の方が良いですね。コホンッ。ミキの妻ですけどね」

「……」


 何となく遊ぶ方法を見つけたマリルは微かに口角を上げた。


「なら元奴隷様にお願いがあるの」

「何ですか?」

「奴隷経験の無い私に、正しい奴隷の姿を見せてくれるかしら?」

「良いですよ。そんなの簡単です!」


 言って駆け出した彼女はふよふよと漂う球体を捕まえその口に手を突っ込む。

 少し汚れの目立つ布を手にするとそれを手早く服の形に仕上げた。この旅で彼女が得たものは、踊り以外ではあの裁縫の技術では無かろうかと……石に腰かけ事の顛末を眺めるミキは思った。


「まず奴隷はそんな綺麗な服なんて着てません。こんな感じの汚れが目立つ物を着るのです」


 いそいそと着替えを済ましたレシアは、自分の髪に手をやってワシャワシャと掻き混ぜる。


「髪なんて洗えないからこんな感じでボサボサです」

「へ~」


 感心している様子のマリルの声に気を良くして、レシアは球体から縄を取り出す。


「奴隷は最初隙を見て逃げようとするそうです。だからこうした縄で手を縛り他の奴隷と結ばれます」

「そうなんだ。ちょっとその縄を貸して」

「はい」


 差し出されたマリルの手に縄を置く。

 受け取った彼女は、それを使ってレシアの手首を縛って拘束した。


「そうです。それを前の奴隷の腰に巻いて逃げられないようにします」

「なら今は私が持っているわね」

「はい」


 そして軽く腰を曲げて疲れた感じで歩き出すレシアの演技は……確かに上手い。

 奴隷その物に見えるが、クックマンは基本奴隷を縛ったりはしない。檻に入れておくだけだ。

 ぼんやりと眺めるミキは……随分と遠くまで来たものだと変な方向に思考が走った。


「こんな感じで目を虚ろにして、ため息をつきながら歩くのが良いんです」

「分かったわ」

「なら実戦ですね」


 次はそっちだと言いたげなレシアに……マリルがニコ~とした笑みを浮かべた。

 本当に楽しそうな彼女の笑顔を見て、ミキは何となく理解し息を吐く。


「何を言ってるのこの奴隷が」

「はい?」

「奴隷の癖に主人に向かって失礼ね」

「ちょっとっ!」


 手にしている縄の余っている部分でマリルはレシアの足元を打つ。

 ビシッと地面を打つ縄に慌てたレシアが逃げ出そうとするが、手首を拘束されその縄を持つのは彼女だ。


「逃げ出そうとするなんて立場が分かって無いようね」

「ふにゃっ! あぶっ! なぁ~ん!」


 連続で地面を叩かれレシアの腰が完全に引けている。

 と、ようやく自分を見ている夫の存在を思い出し、彼女は今にも泣きたしそうな顔を向けた。


「ミキ~っ! 見て無いで助けて下さいっ!」

「……奴隷が甘えたことを言ってるぞ?」

「ミィ~キィ~っ!」


 まさかの夫の裏切りに耐えられなくなってレシアは泣き出す。

 ミキとてマリルの冗談に付き合う感覚でしかない。何よりこうもあっさりと騙されるどこぞの馬鹿が悪いのだ。


「マリル」

「はい?」

「少しその馬鹿に世間の厳しさを教えておけ。俺は水を汲んで来る。今日はもうここで野営を張ろう」


 その言葉に美女たるマリルが満面の笑みを浮かべた。


「はいご主人様。この奴隷を一人前の奴隷にしてみせましょう」

「一人前の奴隷ってっ! ふにゃ~っ!」

「口答えは許しませんよっ!」


 ビシビシと地面を縄で叩くマリルの手つきが慣れているのは……ミキは思考を手放して球体を掴み小川を求めて歩き出した。


「助けて下さい~!」


 しばらく馬鹿な"奴隷"の声が響き続けた。




(C) 甲斐八雲

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