其の肆
「殺したい……か」
「ええ、そうよ」
「あまり首を突っ込みたくないのだがな」
やれやれと頭を掻く相手に、女性はわざとらしく自分の胸を腕で隠した。
これ以上見ないでと言いたげに。
「それよりも余り見ないでくれるかしら? さっきから貴方の妻が物凄く睨んでいるのだけれど?」
「知っている。どこまで黙っているか確認してただけだ」
「がるる」
「……その子本当に、人?」
「たぶんな」
肩越しに確認すると、建物の戸口に立ってこちらの様子を伺っている彼女は……低く唸っていた。まさに獣の所業だ。
「自己紹介は私の生い立ちを話して貴方たちが手を貸してくれるならするわ。でももし手を貸してくれないなら」
「毒を飲ませて殺すか?」
「ええ。貴方は難しそうだけどそっちなら出来そうだから」
言って微笑む女性に対し、ミキはフルフルと頭を左右に振った。
「たぶん俺の方が楽だぞ」
「えっ?」
「それに毒を盛って食べさせたら褒めてやる」
「……そう」
はったりの類だと判断し、女性は着替えを手に外へと出る。
「何処に?」
「体を洗うのよ。返り血で流石に不快だから」
「ならレシア。一緒に浴びて来い」
「は~い」
さっきまでの怒りは何処かに消え、妻は夫の言葉に従い急いで仕度する。
いつも通り球体の口から手を入れて荷物を引っ張り出した。
「水浴び水浴び~」
鼻歌交じりで駆けて行った妻なら時間稼ぎには持って来いのはずだ。
問題は室内が暗すぎること。
ふとミキは無理やり荷物を引きずり出されて床に伸びている球体を見た。
「ナナイロ。お前光れたりしないよな?」
「コ~?」
「無理なら良いんだ。お前はただの助平な鳥だしな」
「コケ~!」
立ち上がり激しく抗議する鳥は、その嘴を器用に……動かしても届かず、ゴロゴロと床を転げて羽を落とす。それを咥えて『くぇ~』と鳴いた。
羽根が淡く光って明かりを作る。
無駄な才能を持っているのは、この鳥も同様だと思った。飼い主に似て本当に無駄に優秀だ。
嘴から羽根を奪って軽く室内を照らす。十分に照明の機能を果たす。
「ならお前もあっちで時間を稼げ」
「ケ~」
やる気が無さそうに球体は床に伸びた。
「そうか。レシア以外の全裸を崇める……最後まで聞け」
七色の球体は、ゴロゴロと転がるように出て行った。間を置かずして若い女性の会話が弾んだ様子から一応仕事をしているのだと判断し、ミキは室内を物色するのだった。
「あら綺麗ね」
「汚いのは性に合わん」
「そう。それで何か見つかった?」
することを分かっての水浴びだったと知り、ミキは手にしていた本を相手に投げた。
日記帳と言った方が正しいそれを受け取った女性は、何も言わず胸に抱いて壁に寄りかかる。
「私の家族は代々薬師だった。山を渡り沼を彷徨い草を掻き分け……そうして積み重ね、得た経験で数多くの薬を作った」
自分が調合し書き留めた薬のことを事細かに書き綴った日記。
子供の頃からの日課であり、毎日とはいかないまでも何か発見があれば書いて来た。
「そんな私の家にあの男たちが来た。『怪我をし再起不能となった剣闘士を苦しまずに逝かせてやりたい。どうか良い薬は無いか?』って。父はその依頼を断り続けた。でも彼らは父の弟子にお金を渡して薬の調合表を奪ったのよ」
特に見る場所も無く女性は天井を見上げた。
朽ちて穴ぼこだらけの天井は……まるで自分の心のようだと思えた。
「薬は出来た。効き目もあった。だから彼らは父の知識を強く欲した。欲して欲して……姉さんを人質に父に薬作りを強要したの」
聞いただけの話だ。
あの日の自分は、お手伝いの老婆と共に近くの山に薬草を摘みに行っていた。
それも薬師になる大切な修行だ。
薬草の見極めを学ぶための練習……それが少女の命を救った。
「押し入った男たちは姉を人質に取って父に薬作りを迫った。でも父は頑なに拒否して……自ら毒を飲んで命を絶った。後は酷いものよ。欲しい物を得られなかった彼らは暴れ、男は殺され女は犯されてから殺された。私の母も姉も弟もみんな殺されたわ」
自虐的に女性は笑う。
助かってしまった自分だけがまるで除け者にされたようで悲しくて辛くなったのだ。
だからそれを誤魔化すように笑ったのだ。
「老婆と共に帰宅した私はその惨劇を全て見た。全てが壊された家族と屋敷を見て……幼い私の心が壊れるのは十分だった。微かに生きている人の延命をし、何が起きたのかを知って心に刻んだ。後は一緒に助かった老婆から技術を学び、私は復讐する牙を研ぎ澄ましたわ」
クスクスと笑う女性は確かに壊れていた。
その目が死んでいるのも、言葉の節々に殺意を含んでいるのもミキには理解出来た。
「母さんには感謝しているの。私を美人に産んでくれた。それに体も悪くない。少し薄手の服を着れば男は黙っても寄って来る。だから私は寄って来たあいつ等の関係者を殺して回っている」
「関係者?」
「ええ。ファーズンの中核をなすヨシオカと言う者たちの関係者を、ね」
「……吉岡か」
ミキは苦笑した。
どうやら厄介事に対しては自分も好かれているらしい。
確かに西部に来れば係わるかと思っていた。
だがこうも最初から当たりを引くのは……。
「レシア」
「はい?」
「後で俺の気が済むまで尻を叩く」
「何でぇ~!」
両手で尻を押さえて怯えだす妻をそのままに、ミキは歩み寄って彼女に手を差し出す。
「俺はミキ。そっちはレシアだ」
「……連れて行ってくれるの?」
「ああ。俺も吉岡には縁がある」
恐る恐る手を伸ばして来た彼女がミキの手を握った。
「縁って?」
「俺の義父が殺し合った仲だ」
「……良いわね」
今日一番の笑みを女性は見せた。
「私はマリルよ」
「宜しくな」
(C) 甲斐八雲
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