其の参

「こんな所で女の人のそんな場所を……言ってくれればいくらでもやらしてあげますから!」

「ごめん。本当に黙れ」

「何でですか! 大丈夫です! 私だってちゃんとやれます! 宿を見つけたら早速です!」


 ブンブンと両手を胸の前で上下に振り、器用に頭の上の球体をクルクルと回している。

 チラリと立ち尽くしている女性の様子を確認し、レシアは一瞬だけ動きを止めた。


「あれですね。こう少し肌を出して誘えば良いんです、うがっ」


 色気の全くない声を上げ、顔面に荷物を食らった彼女は真後ろへと倒れる。

 頭上の球体をクッションにして頭部へのダメージを回避するのは、身体能力の高さなのか運が良いのか。


「済まんな。コイツは……少々頭の中身が足らない」

「……」


 ことの展開に付いて行けない女性は、まるで荷物のように妻と名乗った相手を脇に抱える彼を見る。

 手慣れた手つきで尻を叩いて躾までし、ミキは嘆息交じりに頭を掻いた。


「そう気張るな。ここで見たことは誰にも言わんよ。面倒臭いしな」

「……」

「だからお前も俺たちを見たことを風潮するな」

「……何故?」


 クスッと笑いミキは相手を見た。


「コイツは厄介事に愛されていてな。自分から問題ごとに頭を突っ込んで行く」

「突っ込んで行くのはミキですよ~? はうんっ!」


 躾で尻を叩いて妻を黙らせる。


「出来ればこの西部ではあまり目立ちたくない。そんな訳もあって静かにしていたいんだ」

「……貴方たち、ここから別の所から来たの?」

「ああ。俺は東部の出だ。コイツは東部育ちだが生まれはこっちの方らしい」

「家族に会いに来たの?」

「そんな感じだ」


 他にもすることはあるが多く語る必要もない。そう思ってミキは適当に話を受け流した。

 だが彼女は……彼らが『西部以外に居た』と言う事実だけで十分だった。


「ねえ?」

「何だ」

「宿を探していると言ってたわよね?」

「……ああ」


 船で移動し、港町を離れてから次へと移動したミキたちは、夕暮れ過ぎて街に入った。

 壁に囲まれている街に入る際に衛兵に言われたことが『遅すぎるな。宿はもう終わってるかも知れんぞ』との言葉だった。


 港町に近接する街の宿の客は、船に関係する仕事で訪れる者が多く……宿も客に合わせて営業時間は早朝から夕暮れまでと言うことだ。

 街全体が寝静まっているようにも見えるのはそう言うことだ。


「この時間だと宿の受付はもう終わっているわ。起きているのは女遊びをしているか、貴方たちみたいに泊まる場所を得られずに困り果てている人ぐらいよ」

「……そうか」


 クルッと背を向けて女性は歩き出す。と同時にミキから借り受けた布で体を包んだ。


「付いて来て。泊まれる場所に案内してあげる」

「そこでやる気か?」

「……貴方の方が強いのでしょう?」

「ああ」


 素直に頷く彼に女性は苦笑する。


「ちょっとしたお願いがあるのよ」

「……」

「行きましょうミキ。大丈夫です」


 抱えられている妻の言葉にミキは足を動かす。

 色々と頭の中身が足らないのかと不安になる妻であるが、その持って生まれた才能だけは本物だ。

 故に彼は妻の言葉に迷わない。彼女が『大丈夫』と言えば大丈夫なのだ。




「ここよ」

「……夜露がしのげれば十分か」

「そっちじゃなくてあっち」


 先頭を行く女性に付いて歩くこと暫し、彼女は街はずれの廃屋に二人を案内した。

 ただ彼女が指し示すのは、廃屋の横に立つ掘立小屋のような安普請な建物だ。


「夜露はしのげるわ。私がしのいでるから」

「そうか」


 案内されて中に入れば、薄汚れているが綺麗に整理されていた。

 ただ机の上は余りにも酷い状況だ。子供が遊んだのかと思うほどに色々な物がひっくり返っている。


「これは何ですか?」

「どれ?」

「この乾いた草です」

「ええ。ただの毒草よ」

「毒ですか~」


 抓んで指先でクルクルと回していたレシアは、しばらくして動きを止めてオロオロし始める。

 自分が抓んだ物がどんな物かを理解するのに時間がかかったようだ。


「砕いて舐めたりしなければ平気よ。机の上に戻して外の井戸で水を汲んで手を洗いなさい」

「にょにょにょにょにょ~」


 言われた通りに草を元の位置に戻して彼女は飛び出して行った。

 齢の割には可愛らしい動きをするレシアにクスッと笑い……女性は血で汚れた布と衣服を脱ぎ捨てる。


「黙って見られているのは恥ずかしいのだけど?」

「黙って脱ぎだしたから見せたいのかと思ったんだが?」

「……この体を餌に使っているけど、私はそこまで安くないわよ」


 掴んでいる布を部屋の隅に放り投げ、太ももに巻き付けているナイフもケースごと外して机の上に放り出す。


「それで毒は?」

「……ここよ」


 首の後ろへ手を伸ばし、彼女はそこから紙で包んだ物を手に取る。

 髪に貼り付け隠している薬を、自分を隙なく見ている相手に投げた。


「これが?」

「ええ。相手に適量を飲ませれば薬にも毒にもなる。私は毒として使っているけど」

「……凄い技術だな」

「そうね」


 苦笑し、着替えらしき物を漁っていた彼女は手を止めた。


「だからみんな殺されたの」

「……」

「生き残ったのは私だけ。薬草を摘みに行ってて難を逃れた」


 ゆっくりと女性の目がミキを見る。

 それは復讐者の……命を捨てた者の目だった。


「お願いがあるの」

「何だ?」

「私を連れて行ってくれないかしら……ファーズンの王都に」

「何故?」

「決まっているわ」


 薄く薄く彼女は笑う。


「殺したい相手がいる。私から家族を奪った者が居る。それだけよ」




(C) 甲斐八雲

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