其の肆拾参

「ここを通りたくばこの俺を殺してからっ」

「煩い」


 大斧を振るい暴れる男に対してミキは静かに太刀を振るう。


 右手には太刀を、左手には十手を……攻守に優れた武器を手に、彼は襲いかかって来る者たちを伏して行く。

 そして目の前に現れた男を、戦士隊長ムーゴを一撃で斬り殺した。


「殺したから通らせて貰うぞ」


 床に転がる死体に目を向けずミキは足を進めた。




「あの小僧は何処に行ったぁ~っ!」

「将軍。趣旨を間違えていますが?」

「気にするなワハラ! ついでに賊を一緒に斬り殺すだけだぁ~!」

「だからそれが趣旨を間違えていると言ってるんだ!」


 曲刀を振るう上司を怒鳴り飛ばし、ワハラも剣を振るう。

 前を行く二人の背を見つめ……ウルラーは何とも言えない視線を向け続ける。

 気軽に馬鹿を言い合える関係。

 弟とは築けなかった関係が目の前に存在していた。


(羨ましい限りだ)


 肩越しにチラリと視線を向ければ、顎を上げ必死に手足を振ってどうにか追いついて来る弟の姿が。


(時とは戻せないものだからな)


 苦笑して王は足を進め続ける。

 これが終えれば……次は国の中に巣食う虫共の駆除を始めなければならない。

 自分の代でこの国は大きく乱れるのは間違いない。だがそれを正し次の代に国を渡す。それもまた自分の仕事であり役目である。


(ならば進めよう。時も……そしてこの足も)


 激怒した副官に背中を蹴られる将軍の姿を見つめ……王は苦笑いした。




「本当に大丈夫でしょうか?」

「は~い。ここには誰も入らないようにしますからね」


 足取りと言葉が軽い少女の存在に屋敷で働いている女中たちは不安を抱く。

 だが突然の状況下で混乱する彼女らを安全な道を選んで案内してくれたのは、クルクルと踊る少女だ。

 血飛沫が飛び交う通路を抜けて、彼女は迷える女中たちを倉庫へと導いてくれた。


 その行動だけを信じ、女中たちは彼女の言葉に従った。


 肩を寄せ合うように倉庫へと身を隠す。

『うんしょ』と可愛らしい声を発して、通路側から扉を閉じようとする。


「本当に……行くのですか?」

「はい。私にはやることが多いですから」

「……」


 クルクルと回って少女はまた扉に手を掛ける。


「大きな声は出さないで下さいね。必ず迎えに来ますから」


 言って少女……レシアは扉を閉めた。


「さってと……」


 軽く目を閉じてレシアはその場でクルッと回る。

 自分に向けて手を伸ばして来た男性の足に自身の足をかけて転ばせる。ついでに近くの壺を引っ張ると、コロンと転がり男性の頭を強打した。


「もう……忙しい時に」


 目を回して転がっている男性のズボンの腰ひもを緩め、それで足を拘束する。

 パンパンと手を叩いて埃を落とすと、レシアは軽く一回りした。


「発見。もうミキは……足が速いです」


 軽く頬を膨らませて、レシアはいつも通りに歩き出した。

 自然に身を委ね、自然を纏って。


 その姿を見つけられる者など今いる屋敷内には居ない。

 廊下を歩いているだけのレシアを制する者など居ない。


 だからこそ彼女はまっすぐ歩いて行ける。

 目的の場所へ……彼が居る場所へ最短で。




「見つけたぁ~!」


 廊下に轟く大声量にミキは何とも言えない苦笑を浮かべた。


 頭上で曲刀を振るって掛けて来る将軍と、その背後でため息を吐く副官。

 様子を確認し、ミキは迷うことなく角を曲がった。


「お前~! そこで曲がるかっ!」


 慌ててイマームも角を曲がろうとするが、背後から来る部下たちに背を押されてそのまま流れて行く。

 一応警戒し待機するが……戻って来ないので一安心とする。


「敵以上に厄介なのが居るな」

「ミキを発見!」

「……もう一人居たか」


 背後から抱き付いて来た彼女にミキはため息を吐く。

 全力で抱き付く彼女の頬擦りを背中に感じながら……ミキはふとそれに気づいた。


「ところであの馬鹿鳥は?」

「……居ませんね」

「好きにさせておくか」

「そうですね」


 背中に抱き付く彼女を剥してミキは改めて廊下を進み始めた。




『千人斬りも殺してみせましょう!』と言って戦士隊長を名乗る男が出て行ってからしばらく……争いの音は遠ざかることも無くむしろ近づいて来ていた。

 大広間に場所を移した者たちは、恐怖に震え……チラチラと上座に居る女性に目を向ける。


『もし自身が窮地に陥ったらどう回避するべきか?』


 力ある者、勢いのある者などに仕えて来た彼らの目はあざとい。

 むしろそれを知り抜いているオルティナは、扇で顔を隠したまま……恐怖に震える愚か者たちを見下した。


「案ずるな。賊など少数。この部屋に来るまでに兵たちに狩られよう」


 彼女は自身の屋敷の備えに自信があった。

 暗殺を武器として使う以上、使われることを想定して通路は複雑にしている。

 屋敷内に配置されている女中も担当を決め、屋敷全てを把握できないように細工もしてある。

 故にオルティナは閉じこもっていれば賊を打ち取れると信じていた。


 襲撃者の中に……普通とは違う力を持つ者が居ることなど想定せずに。


「ならその襲撃者が、もうこの部屋の中に居る場合はどうするんだ?」


 不意に響いた声にオルティナは喉の奥が締まる感じを覚えた。

 柱の影から姿を現した存在……返り血を浴びて色付くミキを見て恐怖したのだ。




(C) 甲斐八雲

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