其の肆拾肆
「……場所が分からんな」
「今更それを言いますか?」
「襲って来る奴らを狩れば奥に行けると思っていたんだがな」
返り血で全身を濡らす将軍が頭を掻く。
パリパリと固まっている血が不快であったが我慢するしかない。
「主よ」
「何だ」
「この屋敷の主人が何処に居るか分かりませんかね?」
「知らんよ。来るのは初めてだ」
自身の地位を隠し、存在をも隠している王の言葉に将軍はまた頭を掻いた。
彼の様子に苦笑いしたウルラーは、ゆっくりと辺りを見渡す。
母親と暮らしていたのは王城であった。だが彼が母親の意に背きそして追い出した。豪商の屋敷を奪い取り改修を重ねた母親の屋敷は……その主人の性格を色濃く反映している。
訪れる者を一切信用せず、何かあれば奥に籠り身を護る。
「地道に探すしかないですかね」
「お前が探したいのは賊役の彼であろう?」
「否定はしませんがっ!」
背後から副官の足蹴りを食らって将軍が床に伏す。
その様子に苦笑しているウルラーは、ふと視線を別の場所に向けている弟の様子に気づいた。
「何か見えたか?」
「えっ? あっ……少しあの屋根に見覚えが」
「場所が分かるのか?」
落ち着いて考えれば弟は母親と共に王城を出た。
そして何よりも彼女との付き合いは自分よりも遥かに多いはずだ。
辺りを見渡したエスラーは、ただ何となく一点を指さした。
「あっちの方が大広間だったはずです」
「分かった。ならもう通路を使わず向かうこととしよう」
「……王?」
床で転がる将軍のニヤついた笑みにウルラーも笑う。
「童心に帰って壁を昇り屋根を歩こう。そっちの方が無事に向かえそうだ」
静まり返る大広間を……抜き身の太刀を手にミキは歩く。
異様な雰囲気を纏い歩く青年の迫力に大の大人たちである者たちが怯えて道を開ける。
国の重鎮も居るはずだが、道を開ける様子を見て……ミキは内心で首を振った。
あの王が言う通り、この国には大掃除が必要らしい。
「邪魔をするならば全員斬る」
宣言し真っ直ぐ向かうのは一人の女性。
王の容姿を重ねても似ている部分は感じられない。
だが話に聞く限りは実母らしい。
「お前が前王妃……オルティナか?」
「……ええ」
その顔色を蒼くしながらも彼女は背筋を伸ばし胸を張った。
前王妃としての矜持か、それとも虚勢か……女性の態度にミキは微かに笑った。
「悪いが貴女にはここで人生を終えて貰う」
「……」
静かに向けた切っ先にオルティナが顔をしかめ震える。
「……貴様っ! 何故我々の仲間を殺すかっ!」
横合いから手を伸ばし掴みかかって来る男性を、体捌きだけで回避しようとしてミキは足を止めた。
左腕を振り上げて十手で殴る。折られた歯を溢し男は吹っ飛んで行った。
「悪いな。後ろに下がれなかった」
背後に居るであろう妻のことを想うと……あれがずっと居る訳無いと思い付いてミキは苦笑した。
「本当に済まんな」
床に伸びている男に詫びを入れてミキは視線を戻した。
怯え不安げな目を向けているオルティナを見る。
「今の質問に答えよう。お前たちは余り感心できない仕事ばかりをする」
言って辺りを見渡すと、ミキの視線から顔を背ける者ばかりだ。
後ろめたいことばかりしている自覚があるのだろう……そう感じ取り彼は息を吐いた。
「だから許しを得てここに来た」
「……待つが良い。誰の許しを得たと?」
「決まっていよう? この国の王だ」
襲撃者の言葉に疑問を抱いたのはオルティナだけだった。
だが素直な返答を耳にして……集まっている者たちは慌てだした。
「俺が言った嘘を真に受けたお前たちだけが馬鹿とも思えんが……俺がもし本当に西からの刺客なら一人で来る訳がないだろう?」
肩を竦めて呆れる彼に、取り囲み事の推移を見守っている者たちが怒気を孕む視線を向けて来た。
「俺が刺客であるのには違いない。だからその怒りに任せて襲って来ても良いぞ?」
「「……」」
太刀を肩に担ぐ動作を見せただけで男たちの腰が引けた。
余りの情けない姿に……ミキは軽く頭を振り彼らの評価を最低まで引き下げた。
「まあ良い。襲って来ないのは良いが、あの暴れん坊な将軍がここに来たら大暴れして皆殺しだ。生き残る方法を考えるか命乞いする方法を考えるか好きにしろ」
情け容赦ない言葉を発してミキは三度オルティナを見た。
怯えた様子は何処かに消え、彼女はただ静かな視線をミキに向けていた。
「王の命でお前を殺す」
「……ははっ! あ~っははっ!」
だが腹を抱えてオルティナは笑い始めた。
「あれが私を殺すと言うか!」
「ああ」
「そうかそうか……ならばあれの秘密を全て晒してくれようぞ!」
開き直った様子の女性にミキは軽く息を吐いた。
「ウルラー王がお前の不義理で生を成した者だと言うことは、現在城内に居る者たちは皆理解している。理解して王に忠誠を誓いその手足になることを望んだ者たちばかりだ。そんな知られた秘密など口にしても足枷にもならんよ」
「……」
その襲撃者の言葉は流石に予想していなかったのか、オルティナは顔を蒼ざめミキを見つめた。
「だからそれを告げたことで王たちの結束を砕くことは出来ない。何より王に逆らいそうな者は粛清された。残るはここに居るお前たちと、王都に居ない者たちだけだ」
太刀を女性に向け、ミキはただ静かに相手を見る。
「選ばせてやろう。処刑か……自死かを」
(C) 甲斐八雲
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