其の肆拾壱

 ボリボリと雑に頭を掻くミキは、異様に元気な妻の様子にため息を吐く。

 この世界に来てからと言うもの……否、前の世界では義父を相手にため息を吐いていたことを思い出し、苦笑した。

 どうやら自分は死んでもため息を癖にするのだと理解し諦めた。


 一晩中夫に抱き付いて眠っていたレシアはやる気満々だ。

 今朝も早く彼に叩き起こされたが全く気にならない。


「ところでミキ? 今朝は何をするんですか?」

「……まずは馬鹿鳥を呼んでくれ」

「呼ぶって……」


 クルリと一回りしてあたりを付けたレシアは、『鳥さん。急いで来ないと丸焼きですよ~!』と言って踊りだす。

 しばらく待つと慌てた様子で球体が飛んで来た。


「来ましたね」

「呼んだお前が驚くな」

「驚きますよ」


 両手で捕まえた球体を脇に抱えてレシアは踊るのを止めた。


「それでどうするんですか?」

「とりあえず荷物だ」

「ゴッ」


 鳥の口から手を入れて彼は目的の物を引き抜く。腰に太刀と脇差を差して準備を済ませる。


「私も何かした方が良いんですか?」

「ん~」


 問われて彼は一瞬悩む。

 今からすることに彼女の手は必要なのか?

 問題を起こしそうな気がするからむしろ置いていきたい。


「レシア」

「行きます!」

「何も言ってないが?」

「一緒に行きます!」


 抱き付いて来る相手を引き剥がそうとするが、無駄に天性の運動神経を発揮して来るものだからミキも諦めるしかない。


「お前は本当に無駄に能力を使うな」

「無駄じゃないです」


 甘えて来る彼女は可愛らしい。

 惚れた弱みもあって、ミキは彼女の好きにさせることにした。


「まあ良い。集合場所に向かうか」

「は~い」




 城門前に集結している者たちは、兵士に見えない格好をしていた。


「遅い」

「日の出後に集合としか決まって無かったからな」


 苛立っている将軍に軽口を叩き、ミキは集結している兵を確認する。


「ワハラは?」

「……来てないな」

「将軍?」

「俺は部下の自由意思を重んじている!」

「放任主義と言う丸投げか」


 どこかの義父を思い出してミキは肩を竦めた。

 やることは決まっているのでさっさと片付けたいのだが……面倒になって来たミキは、勝手に行動を開始しようかと思い出した。

 そんな矢先に城の方から三人組の男性が歩いて来た。


 見知った顔の三人組にミキは呆れて頭を掻く。

 最初副官であるワハラにしか気づかなかった将軍は……後の二人に気づいたのか慌てて臣下の礼を取った。


「良い。この一件が片付くまで地位を隠す」

「……」


 流石の将軍でも王の登場は想定していなかったらしい。顔を引き攣らせて苦笑している。

 挙句その隣には死んだはずの王弟まで居るのだから、普通なら頭を抱えたくなるだろう。


「ウルラー様」

「様は要らん」

「……ウルラー殿。何故弟君が共に?」


 睨んで来るワハラを無視してミキは質問する。

 苦笑した王は、自分の隣を見て肩を竦めた。


「自分の弟は何者かに襲われて死んだ」

「……ならその隣の良く似た者は?」

「偽者だ」

「そうですか」


 呆れ果ててミキも息を吐く。

 これから起こる荒事を知っているのか、呼称偽者のエスラーは蒼い顔をしていた。


「まあ自分はウルラー王に申し出た仕事をするだけですので、そちらの話はご自由に」


 だがミキは軽く一礼をして偽者の王弟を誘いその場から離れる。

 兄である彼がチラリと視線を向けて来たが、将軍たちと何やら話し始めた。


「なっ何でしょうか?」

「何故生きている?」

「……」


 先のことでミキを恐れている王弟は、震えながら口を開いた。


「殺されると思いました。ですが兄の剣は脇腹の傍に突き刺さっていて……それで言ったのです。『これでエスラーは死んだ。もうお前は自由だ。勝手に生きて死ね』と」


 それはたぶん処刑するよりも厳しい罰だとミキは分かった。

 王弟として好き勝手して来た彼から全てを奪い野に放つのだから。


「王の判断である以上、何も言えない。だがこれだけは言っておこう」


 お節介だと分かりつつもミキは言葉を続けた。


「自分が居た場所に『因果応報』と言う言葉がある。簡単に言えば悪いことをしたのなら悪いこととなって帰って来ると言うことだ」

「……」

「お前は好き勝手をして今までどれほどの人間を苦しめたか理解しているか? たぶん恨みはお前に帰って来るだろう。それでも王はお前を野に放った。その意味は理解しているか?」


 フルフルと頭を振る彼の肩に手を置き、ミキは冷たく告げる。


「簡単に死ねない罪を犯したことを肝に銘じて生きろと言うことだ。これからのお前の人生は……死ぬことよりも辛いはずだからな」


 パンパンと肩を叩いてミキは彼に兄の元へ戻るように促す。

 何度も振り返りウルラーの元へ向かう彼は……王族として生まれたのが間違いだったのかもしれない。


「なあレシア」

「はい?」


 姿を隠している妻が腕に抱き付いて来た。


「俺の直感なんだが……あの王弟は死の気配を纏って無いか?」

「……はい。渦巻くくらいに」

「だろうな」


 空いている手で頭を掻いて彼は弱々しい元王弟を見る。


「王は彼に生きて欲しいんだろうな。それが兄だ」

「でも?」

「ああ。罪とは背負い纏うものだ。逃れられないよ。彼はそれほどの業を背負う悪事をして来たのだから」




(C) 甲斐八雲

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