其の参拾玖

 ミキとレシアは我が物顔で城内の立ち入り禁止区域へと向かっていた。

 途中配置されている兵たちが制して来るが、ミキの持つ『立ち入り許可証』を見るや姿勢を正し仕事に戻る。

 末端の兵ですらこれほど真面目に務めているのなら、現王は信用の置ける存在なのだろう……とミキは微かに笑っていた。


 建物を抜け中庭を思わせる場所にこじんまりと建つ石造りの建物。

 隣を行くレシアの足に迷いが無い所を見るとあそこで良いらしい。


「コケッコ~」

「「きゃ~」」


 馬鹿鳥の鳴き声と女たちの歓声に……ミキは軽い頭痛を覚える。


「ミキ。やっぱり鳥さんはミキに似て」

「飼い主はお前だ」

「……」


 頬を膨らまして建物に突撃して行くレシアの背をゆっくりと追うこと暫し……哀れんだ鳥の鳴き声が彼の耳に届いて来た。




 言いようのない虚脱感にさいなまれながらも……ウルラーは自身かがやらなければいけないことを成す。


 現王妃の一族は母親に取り入った者たちだ。事実この城に彼女たちの一族の者は居なかった。

 つまりは敵対すべき存在であり、打ち滅ぼすことが決まった者たちだ。

 王妃であると言うことで彼女だけは死を与えない……そう考えても居たが、ミキやワハラがもたらした情報を精査する限り見逃すことは出来そうに無い。


 一国の王妃が自国の民を他国に売って金を得るなどとても許される行為ではない。

 だがそのことが『報告』として届いて来なければ知りもしなかった自分にも非がある。

 苦笑して……ウルラーは王妃との離縁に関する書類を作り終えた。


 一応最初から見返し確認をするが……初めて作った書類だ。どこを間違えているかなど分からない。

 それに本来なら書類など要らない。口頭で相手に『別れよ』と言えばそうなるのだ。

 王が持つ絶対的な権力……ふと書類を机の上に戻し、ウルラーは視線を窓の外へと向けた。


 今頃今後の行動を話し合っている母親は、何を望んでこの地位を得ようとしたのか?


 今となっては聞くことも難しい。

 明日になればきっと全てが終わるのだから。


「さて……一番の問題と向き合うか」


 苦笑し椅子から立ち上がった王は、執務室を出て寝室へと向かう。

 結局別れてから一度として顔を出さなかった存在……イースリーが居る場所へ彼は足を進めた。




「こけ~」

「反省が足りません!」


 いつものように天井から縄に縛られ吊るされている球体を、レシアは腕を振り回してポカポカと叩き続ける。

 猫がじゃれているような様子を見つめ……ミキはぼんやりとそれを眺めていた。


『鳥小屋』と呼ばれている城内の建物には、見目麗しい女性たちが集められている。

 年齢にバラつきがあるが、誰をしても得られれば自身の幸運に打ち震えるであろう美女ばかりだ。


 だが……全体を見渡しミキは苦笑する。


 心の底から惚れていると言うことの意味を理解したのだ。

 どれほどの美女が居ても一番輝いて見えるのはレシアだ。

 替えの効かない至高の存在であると認識し、彼はまた苦笑するほか無かった。


「レシア」

「何ですか!」

「本題を忘れるな」

「忘れてません!」


 言って球体を叩き続ける様子から、彼女の中でここに来た理由がすり替わっているのだと知った。

 ため息一つ……仕方なく壁に預けていた背中を引き剥がして、ミキは歩み出す。


 美女たちの視線は大きく二つに分かれている。

 一つは球体を叩き続ける『巫女』に向けられた物だ。こちらは比較的若い女性が多い。

 そしてもう一つは……ミキに向けられる視線だ。こちらは大人の女性が多い。


 美女に見つめられること自体男性として文句などは無いが……熱い誘惑的な目を向けて来る意味はあまり考えたくはない。

 やれやれと胸の内で肩を竦め、ミキは妻の横に立った。


「いたっ!」


 とりあえずの手刀一発でレシアを黙らせ、ついでに球体にも振り下ろしておく。

 馬鹿共が沈黙したのを確認し、ミキは軽く頭を掻いた。


「俺の名はミキだ。これの夫でもある」

「ちょっとミキ! これって、はうっ!」


 二発目を食らってレシアは黙った。


「俺たちはここにシャーマンたちが集められていると聞いて尋ねて来た。が……道中拾った噂話が色々と混ざり合っていたらしくてな、ここに来るまで貴女たちが『捕らわれている』と思い込んでいた」


 静かに語る彼の言葉にシャーマンたちは顔を見合わせて……否定の意味を込めて左右に頭を振る。


「貴女たちが捕らわれの鳥では無いと言うことは知っている。保護され、その見返りとして王家に力を貸していると……そのことに関しては文句など無い」


 人それぞれの生き方までミキはどうこう言う気など無い。

 自分の人生なのだから『好き』に生きればいいのだ。


「だが今回は王の許しを得た。もし望むのであればこの小屋から出ることが出来る。そして出た貴女たちを家族の元へ、もし家族が居ないのなら聖地へ……好きな場所に送り届けると王が約束してくれた」


 それでも自分の意志とは別にこの場所に送られた者は居るのかもしれない。家族と引き剥がされた者とて居るかもしれない。

 王はその申し出を受け入れ『約束』してくれたのだ。


「これから一晩考えて欲しい。俺の言葉はこれだけだ」


 明日は朝から一仕事があるミキとしてはさっさと片付けたい案件だった。

 そしてシャーマンたちは、そんなミキの気持ちを察したのか……すぐに答えを出した。


『全員の残留』


 安全で住み心地の良い場所に居ることを望むのは悪いことではない。

 ただ……


『異性との出会いを強く求めます』


 と、シャーマンたちを纏めているテルと名乗る女性の血走った目に……ミキは圧倒されてしまった。

 正直この場で襲われるのではと恐怖し、レシアを連れて早々に逃げ出した。




(C) 甲斐八雲

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