其の弐拾陸
時刻は夜。日が沈み夕飯や一杯を終えた者たちも床へ向かい寝静まった頃だ。
宿屋の二階の部屋を借りている男女が居た。
だが二人は、恋人で無ければ夫婦でもない。物のついでと言う形で一緒に行動しているだけだ。
ベッドを彼女に譲り窓の下で座る彼は、ゆっくりと目を開いた。
一緒に居る女性……イースリーが床に手足を着き、伸ばしている彼の足を跨るようにしていたのだ。
「何の真似だ」
「……起きていたのですか?」
「最初からな」
隠す必要もないのでサラリと答えて彼は笑う。
「ベッドの上で悶え苦しんで意を決しての行動だ。何をするか興味を持つだろう? だから黙って観察していた」
「……」
頭上の窓から差し込む月明りに照らされた彼女は、余りの恥ずかしさから全身をプルプルと震わせている。
「俺を誘惑してアイツの居場所を知ろうとしたって所か……実につまらんな」
ハッとした表情を見せる様子からどうやら図星らしい。
「諦めろ。俺がお前に手を出すことはない。胸はお前の方が豊かだがな」
「っ!」
彼の下半身に覆い被さるような格好をしているため、イースリーの胸元は大きく開けていた。
それに気づいた彼女は急いで首元に手を寄せ隠す。
変な部分で乙女な一面を見せる彼女は……襲撃などの血なまぐさいことに慣れていても色恋沙汰は疎いらしい。ある意味で"元王女"だと理解出来る。
「何よりお前は一つだけ勘違いをしている」
「勘違いですか?」
「ああ。あれは大人しく鳥かごの中に居る人間じゃない」
ドンドンと何か叩く音が響いた。
やれやれと肩を竦める彼の背後……開かれたままの窓の外からそれは姿を現す。
「ミキ~! 決定的な場面です! 納得のいく説明を求めます!」
「納得いかなかったら?」
「……全力で泣きます」
今にも泣きそうな声で二階の窓から侵入して来た女性……レシアに、イースリーは腰が抜けそうなほど驚いた。
ただその声に胸の奥でざわめきを覚えながら。
「ぷんぷんです」
「不満を声に出すな。それに抱き付くな」
「良いんです。私は貴方のつつつつつつまっ……妻なんですから」
「言い慣れてないなら今まで通りで良いぞ?」
「良いんです。これから言い慣れますから」
「……」
突然現れて好き勝手やる女性がどうやら"巫女"らしい。
その事実を受け入れられずにイースリーは呆然としたまま椅子に腰かけていた。
ベッドを椅子代わりにしている彼の背後から抱き付き甘える彼女は……本当に十五なのだろうか? 自己紹介よりも知った年齢の方で驚かされる。
頬擦りをして来る妻を必死に引き剥がそうとしながら、彼はため息交じりに口を開いた。
「これがお前たちが必死に探している巫女だ。幻滅しただろう?」
「いいえ。そんなことは……」
「笑わせるな。これを見て崇めるのが居たら俺はそいつの正気を疑う」
「ミキ? とても失礼な言葉が並んでいるような気がするのですが?」
「気のせいだ。妻を褒め称えた言葉だ」
「もうミキったら~」
表情を崩して甘える彼女に正直イースリーは引いた。
会話が成立するのかすら怪しい。これでは交渉で説得するのも難しい。
考え込む生真面目な女官を見てミキは軽く右手を掲げた。サッと両手で頭を庇ったレシアが離れる。
「で、レシア」
「はい?」
「王城の離れはどうだった?」
「はい。すっごく良い場所でした。食事は美味しいし、お風呂は広くて綺麗で!」
パッと顔を輝かせて彼女の言葉は止まらない。
「いっぱい踊りました。こちらの踊りも見せて貰って勉強になりました!」
胸の前で拳を作りレシアの興奮が止まらない。
「やっぱり腰の動きなんです。こちらの踊りは腰の動きが滑らかじゃ無いとダメなんです。バッチリ見て覚えたんで次からの私は凄いですよ!」
ズリズリと彼に近寄りキスする勢いで迫って来る。
「その他にあっちの……夫婦でするあれ~なことも教わりました。新しい私の腰の動きでミキを骨抜きにして腰砕けにしてあげますからね。今からが楽しみです!」
「女性としての慎ましさを持て」
「あだっ」
結局彼の手刀が振り落とされて、レシアはミキの足に顔を乗せた。
「ゴロゴロ~」
だがすぐさま機嫌を直して甘えだす。その変わりようは凄いとしか言えない。
「……黙って聞いてろ」
「は~い。あっでも後で鳥さんを叱って下さいね」
「何をした?」
「……皆でお風呂を楽しんでいたら飛んで来て『ハーレムだ~』とか言って直に触れて楽しんでました」
「香草焼きにして良いな」
「良いと思います」
なぜあの馬鹿鳥が『
それこそ鳥のように口をパクパクしているイースリーは、年頃の娘がして良い顔では無かった。
「王に仕える女官がその表情はダメだろう?」
「……居たのですね」
「ああ。『仲間のような存在が居て匿っている』……だったかな。まあ言葉に違いはあっても内容自体は間違っていない」
「……」
彼の言葉にイースリーは押し黙り唇を噛んだ。
いつからかは分からないが、巫女たる彼女は城の……それも最も厳重に警備されている場所に居たのだ。
シャーマンたちが『巫女を見失った』と言う言葉は嘘だった。
巫女があの場に居たからこその嘘。そしてシャーマンたちは自分たちではなく、巫女の命で動いていたことに言いようのない怒りを覚える。
「嫌な空気です」
静かに響いた声にイースリーはハッとして顔を上げた。
座り直した巫女が……静かな目で見つめていた。
(C) 甲斐八雲
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