其の弐拾漆

「この馬鹿者が」

「いてっ」


 隣に座るミキはそれを察して軽く妻の頭を小突いた。

 過剰に反応し両手で小突かれた場所を押さえるレシアが、不満げな顔を向けて来る。


「そうやってお前は直ぐに人の心を覗く。悪い癖だぞ?」

「え~! だって楽じゃないですか。言葉だと嘘だらけな人でも心を見ればすぐに分かります」

「見られる方の身にもなれ」

「それはミキが普段から嘘ばかり言うから悪いんです」


『私は悪くない』とばかりに形の良い胸を張る彼女にミキはその目を向けた。


「この目を見て同じことが言えるか?」

「……もうミキったら~」


 表情を蕩けさせてレシアがまた甘えだす。


「お前の力のカラクリが分かればこんなにも簡単に騙せるんだがな」

「ミキ。今の嘘なんですか?」

「嘘だって事実だと言えばそれまでだろう?」

「ミキ~」


 涙目で暴れる馬鹿を制し、彼はこちらの会話について来れない女性を見る。


「ちなみにコイツの前での嘘は通じない。俺のように騙せる術があるなら別だがな?」

「にゃにを~! 本気の私だったらミキのどんな嘘だって見抜いてみせます!」

「愛しているぞレシア。黙ってろ」

「はい!」


 うわべの言葉に騙されてレシアは口を塞いで彼の腕に抱き付いた。

 懐柔や説得も無理だと痛感し、イースリーはまた唇を噛んだ。


「これをどうこうしようとか考えるな。基本お人好しだが俺の言葉には従ってくれる。何よりこれに手を出すなら俺が全力で潰しに行く」

「……国と争うことになっても?」

「上等だ」


 言ってミキは少し考えた。


「なあレシア」

「はい?」

「俺たちが喧嘩を売った国ってこの大陸に何個あったか?」


 突然の言葉にイースリーはギョッとなる。

 今自分の耳に届いた言葉は……正しい物だったのか?


「知りませんよ。基本喧嘩を売るのはミキですし」

「だな。まあ国と喧嘩したのは数えるくらいか」

「数えるくらいしか国は無いと前にミキから聞きましたよ?」

「……王を殺したのは一度だけだから少ないな」


 冗談ではない。

 そのような話を知らないイースリーは自分の兄でもある王の身を案じた。


「大丈夫ですよ。この国の王様はシャーマンたちを集めて護ってます。だから酷いことはしません」

「……本当ですか?」

「はい。ですよねミキ?」

「お前がするなと言うなら自重はするが」

「ミキ~!」


 怯えるイースリーに同情的な目を向けレシアが怒る。


「まあお前が必要無いと言うならそれで良いだろう。だったらここに居る必要も無い訳だがな」

「ですね」

「はい?」


 突然の言葉にイースリーが追い付けない。

 それを察してミキは妻の頭を撫でながら言葉を続ける。


「俺たちは当初シャーマンの開放の為にこの地に来た。行く先々で酷い扱いを受けているのを見て来たからな……でもここに居るシャーマンは違う。『飼われている』と言う部分を除けば平和そのものだ」

「そうです。我が国では『シャーマンを愛し共に生きよ』と言う教えが、代々の国王に引き継がれています」

「その教えが末端にまで広がっていない部分を国王に問いたかったのだがな」

「……あの力を悪用されないために……」


 心が痛くなった。

 建前では『保護』とうたっていて、実際はその力を恐れ集めて飼っているのだ。


「でもあの場所に暮らす人たちは皆心穏やかでしたよ? 男性との出会いと言うか、異性との交流を求めていましたけど」

「それは……考慮します」


 シャーマンの血筋を残すと言う課題をイースリーは結構前から抱えていた。

 それを指摘されると正直辛い。自分のことを言われている気がして……特にだ。


「何よりここが平和なのなら俺たちは西に向かえる」

「西部ですか?」

「ああ。あっちにもシャーマンが送られているのは知っているか?」

「ええ。残念なことに『高値で売れる』と言うことで、我が国の者も加担している様子で」

「事実加担しているぞ。俺たちはダンザムで王妃派と名乗る者が西部にシャーマンを売っていることを掴んでいる」

「お待ちください」


 と、イースリーがミキの言葉を遮った。


「国王に王妃は居ます。ですが政略結婚で結ばれた形だけの存在です。事実彼女は王都にも居ません。実家のある街で暮らしていて、シャーマンに関することは何も」

「だがシャーマンは売れるのだろう? それも高く」

「っ!」


 彼の言葉にイースリーは息を飲んだ。


「正直に言ってこの国は内側がガタガタだ。力のある者が好き勝手やって王のように振る舞っている。それで質問だが……本当に王妃はシャーマンのことに関して携わっていないのか?」

「……分かりません」


 力無く肩を落としてそう返事をするしかない。

 事実この国の内側はガタガタだ。国王たるウルラーが必死に立て直しを図っているが、一番の問題が彼の母親なのだ。それをどうにか出来ない為に一部の力ある者たちが好き勝手にしている。


「だから今、国王を討っても意味が無さそうだから俺は手出しをしない。元凶が違う人間らしいしな」

「はい。前国王の王妃……オルティナです」


 俯き震える彼女にミキは静かに告げる。


「この国の問題はお前たちでどうにかしろ。俺たちは西に渡ったシャーマンを救うだけだ」


 これで話は終わりにしたかったのだが、イースリーは顔を上げてミキを見つめた。


「お願いがあります」

「オルティナとか言う者を殺せ……と言う話か?」

「はい」


 迷いのない返事にミキは目を細めた。


「何故?」

「彼女が生きている限りこの国は安定しません。何より現国王が倒れでもしたら……彼女が女王になります。そうすればシャーマンたちのいる場所もどのような扱いを受けるか」

「なるほど。良い脅し文句だ」


 素直に認めてミキは大きく頷いた。


「だがダメだ」

「何故でしょうか? お礼なら幾らでも」


 静かに頭を振ってミキは彼女を見る。


「お前がただその女に死んで欲しいように見えるから……それだけだ」


 息を飲みイースリーは絶句した。




(C) 甲斐八雲

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