其の拾玖

「母君が?」

「はっ」

「……」


 王弟宅に出向いた兵士たちは、その門前で優雅に茶をする女性のおかげで任務を全う出来ずに居た。

 にらみ合いにすらならない。圧倒的な存在を前に兵たちは尻込みしてしまう。

 前国王の正室……現国王と王弟の母親の存在を無下に押し退け進める者など居ない。


 報告を受けウルラーは深く息を吐いた。

 一瞬自ら出向いて母親を排斥することも考えたが、そうすれば相手も兵を出して来る。そうなれば本当の意味での内乱だ。王としてそれは避けなければいけない。


「しばらく兵たちには待機を命じ、あの馬鹿者共に圧を掛けよ。もしこれ以上我が儘をすると言うなら本気で攻めるという覚悟を示せ」

「はっ」


 部下に指示を下し国王は退席しようとする者を制する。

 急ぎペンを取りスラスラと走らせ文字を書く。どうせ破かれるであろうと理解しつつも、王は部下に手紙を渡した。


「母君に届けよ。無駄であっても、な」

「はっ」


 改めて退席する部下を見送り、国王は椅子に深く腰掛けた。

 全身に張り詰めている力と服の首元を緩める。


「王になってから圧し掛かる問題の大半が身内とは……本当に嫌になる」


 事実としてこれまでの問題の大半は身内が引き起こすものばかりだ。国外からの問題など西部からのちょっとした嫌がらせがあるぐらいだ。

 西部とは昔から小競り合いを続けている仲であるから仕方ない。現在はシャーマンのこともあって裏では壮絶な争いを繰り広げている。


「誰か」

「はっ」

「女官のイースリーを呼べ。鳥小屋の様子を聞きたい」

「はっ」




 王から離れの様子を問われ、イースリーは報告のため自らの足で向かう。


 警戒を厳にするよう命じているおかげで離れに向かうまでに幾つもの鍵を開錠し進む。

 ふと背後に熱を感じた気がして振り返るが誰も居ない。当たり前だと気付き苦笑し、彼女は足を進めた。


 訪れた建物には内から厳重に鍵が掛けられている。

 合図を送りしばらく待つが……いつもよりだいぶ待たされてから彼女が顔を出した。


「これはイースリー様」

「何かあったのですか?」

「……申し訳ございません。力の向上を皆で話し合い、室内の清掃をしておりました」

「そうですか」


 こちらの指示を受けて頑張ってくれているシャーマンの姿勢に感銘を受ける。

 普段は硬く見せている表情を崩し、イースリーは右腕のようなに思っている女性を見た。

 相手の様子から扉を開けて外に出た女性は、扉を開いたままで外に出た。


「それで今日はどのようなご用で?」

「ええ。陛下からご様子を伺われたので」

「そうですか。私たちに問題は無いです」

「それは良かった」


 簡単な雑談を交わし、イースリーはふとそのことに気づいて口を開いた。


「忙しいと思うけれど……一つ頼まれてもらえますか」

「はい?」


 一瞬躊躇ったが、強い意志で思いをねじ伏せる。


「王弟閣下とその母君の監視をお願いします」

「……それは?」


 シャーマンの女性も一瞬息を飲んだ。

 その表情をまた硬くし、イースリーは言葉を続ける。


「現在その二人は国王陛下に対して不穏当な行為をしています」

「……」

「この場所の警戒を強くしたのもそう言うことです。分かりましたね」

「……お引き受けします」


 恭しく頷く彼女の様子にイースリーは優しく笑いかける。自分の胸の内を押し隠して。


「……嫌な空気です」

「っ!」


 自分に対して冷たく指摘されたような声に、イースリーはギョッとして辺りを見渡した。

 聞こえて来た声は目の前に居る彼女の者ではない。だが確かに聞こえた声に彼女は震えた。


「どうかなさいましたか? イースリー様」

「……いいえ」


 幻聴にイースリーは身震いをしてその場を辞した。

 残されたシャーマンの女性は、しばらく扉を開いたまま待機し……ゆっくりと中に入って鍵を閉じた。




「久しぶりだな」


 一人となったミキはゆっくりと通りを歩いていた。


 馬鹿な彼女と鳥の組み合わせは、この国で最も堅牢な場所に送り込んだ。まさか探している人物が自分たちの懐深くに居るなどとは思いもしないだろう。木を隠すのなら森の中とは言うが……シャーマンを隠すならあの場所ほど適したところはない。

 何より神鳥レジックを崇める彼女たちは、こちらの言うことを聞いてくれる。


(調略や策略は宮本家の教えには無いのだがな……)


 苦笑し彼は足を止めて空を見る。

 剣は義父から叩きこまれた。だが知識は全てあの人物から求められ学んだ。


(忠刻殿。貴方のお陰でこちらでも楽しく過ごさせていただいております)


 認めるしかない。仕えていた主君のおかげで生きる術が増え現状助けになっている。


 平穏となった治世で、より実践的な知識を求められたからミキは学んだのだ。

『無駄なことを』と笑う小姓仲間も居たが、それでもミキは学び続けた。

『本を読むな。剣を振れ』と激怒する義父に小突かれてもだ。


「さて……たまの自由を満喫するかな」


 その口元に笑みを浮かべてミキは軽く肩を鳴らす。

 腰に差している十手の存在を確認し、彼は『掛かって来い』と言わんばかりに通りを歩く。

 護るべき相手が傍に居ない解放感……枷を外された彼に容赦はない。




(C) 甲斐八雲

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