其の陸

「……とにかく暑いんです」

「そうだよな。顔の前に布一枚あれば、な」


 隣に居るレシアは終始不満げだ。

 その原因はローブにもあるが、何より体温がこもり出て行かなくなる顔の前の布に向けられている。


 二人は食堂に寄り飲み物を頂いてから、また王都の道を歩き出していた。


「お前みたいに顔を隠している人が少ないのは……そう言う理由だろうな」


 この国では、既婚者は家庭に留まる風習があるのかもしれない。

 通りを歩いている女性の多くは肌を隠すような服を着ている若い者たちばかりだ。勿論素顔を晒しているので、若い男性たちが品定めをするかのように熱い視線を向けている。


「ミキ」

「何だ?」

「これって室内でもするんですか?」


 余りの暑さに不安になったのだろうレシアがそんな質問をして来る。


「心配するな。宿の部屋なら外しても良い」

「食堂は?」

「……食事を部屋に運んで貰うように手配する」

「…………踊りは?」

「そっちは確認し忘れていたな。済まん」

「も~」


 彼女的には一番重要なことなのだが、それを忘れていたミキは素直に謝るしかない。


「今夜は頑張ってくれないと許してあげません」

「……」

「ミキ?」

「分かった」


 負い目を感じで仕方なく彼は折れた。

 機嫌を戻した彼女を連れ、向かう先は王城の近くだ。

 ただ王城に近づけば近づくだけ治安が良くなる。結果色々な値段が跳ね上がって行く。


「とりあえず誓いの場を確認して……後は何が必要かを聞いて、購入するなら購入する」

「はい」

「今夜はそれなりの場所で宿を取って休んで、明日にでも誓ってしまおう」

「ですね」


 小躍りしそうな軽い足取りで彼女はミキの腕に抱き付いて来る。


「ミキ」

「何だ?」

「今の私って……きっと凄く幸せなんですね」


 迷うことのない言葉を受け、ミキは自身のテレを隠すようにフード越しに彼女の頭を撫でた。


「そうであると良いな」

「はい」




「……どうしてこうなるんだ?」


 呆れた様子で息を吐いてミキは路地裏に転がる者たちを見る。

 誰もがうめき声をあげ苦しんでいた。それを確認し十手を後ろ腰に戻す。

 絶好調に襲撃者の手を掻い潜ったレシアは、そのままの勢いでまだ踊っていた。


 嘆息気味に息を吐いてミキは今日の出来事を思い返した。

 誓いの場に出向き必要な物を聞いて調達したミキたちは、そこそこの宿を取って休んだ。


 だが周りが寝静まった頃に……起き出した馬鹿者が居た。レシアだ。

『体が鈍ります。何より太ります。太ったらダメなのに躍らせてくれないのはミキが悪いからです』などと訳の分からないことを言い出し、彼女に引っ張られて宿を出た。


 路地裏で踊りの練習を眺めながら軽く十手を振って居ると、突然黒装束の者たちに襲われたのだ。

 何をどう考えても自分に非は無い。それを確認したミキはまだ踊っているレシアを見た。


「それでお前……どこで何をした?」

「失礼です! 今日は何もしてません!」

「なら昨日は何をした?」

「えっと……って一緒に荷物の中に居たじゃないですか!」


 一通り踊って満足したのか、レシアは動きを止めて腰に手を当てると彼に対して不満を見せる。


「そうだよな。いくらお前でも俺の視線がある場所で悪さなんて……」


 と、何かが引っ掛かりミキは思考を走らせる。


『今日、王都に来てから彼女と離れたことがあったか?』


 二度あった。

 一度は突然彼女が厠に行った時だ。ただ小だったのか比較的直ぐに戻って来た。


「レシア」

「はい?」

「用を足しに行った時に誰かに会ったか?」

「ミキ~! 流石の私も怒る時は怒りますからね!」


 路地に転がる襲撃者たちを避け、駆けて来たレシアが顔を真っ赤にしている。


「で、会ったか?」

「会ってないです!」


 拳を握って腕を回すように攻撃して来る彼女の頭に手を乗せつっかえ棒にし、ミキはもう一つの可能性を口にする。


「なら誓いの場で……あそこに勤めている女性に案内されて少し離れたよな? 顔を見せたか?」

「……はい」

「良く思い出せ。その時、"他"に居なかったか?」


 問われてレシアは頬に指をあてて首を傾げる。


 誓いの場と呼ばれる場所は、石造りの小さくて綺麗な場所だ。

 このアフリズムでの婚姻の誓いは、命の象徴である"水"と"火"の前で行われる。


 コンコンと地下から湧いて来る水を湛える池のような場所で、木製の船を浮かべ協力して火を点ける。それが燃え尽きて沈むまで互いに手を取り見つめ合うのが誓いの儀式だ。


 そう説明を受け……必要な物は儀式に相応しい服装だと言われた。ミキとしては店で購入するしかないが、服に関しては人一倍煩い連れが居る。

 案の定こだわりを見せ、誓いの場に置かれている見本の衣装を見に奥へと入って行った。

 男子禁制と言われミキは一緒に行けなかったが、彼女の力でこの場で働いているのは"女性"だけだと報告を受け鵜呑みにしていた。


「思い出せレシア。本当に"女"だけだったか?」

「ですね。女性以外は居ませんでした」


 何度も思い出しレシアはそう断言する。

 ミキは深いため息を吐いて自身の失敗に気づいた。


「しまった。俺も浮かれていたらしい」

「あの~ミキ?」

「とりあえずこの場を離れるぞ」

「ちょっとミキ?」


 彼女の手を引いてその場を離れる。

 だが追いついたレシアは横に並び彼の方を見た。


「何なんですか?」

「忘れたか? あの場に居た女性は全員が顔を隠していた」

「はい」

「……つまり全員が既婚者と言うことだ」

「それが?」


 一度足を止めてミキはレシアを見る。


「彼女らは何かしらの理由で、家では無くあそこで働いている。それは何故だ?」

「知りません」

「正解だ。しかしこの王都には有名な女好きが居る」


 ミキ的にはこれが正解だろうと思っていた。


「誓いの前であれば、相手の女性を横取りしても問題は無いよな? まだ相手は未婚だ」

「ダメですよ! 何を考えているんですか!」


 彼の言葉にレシアは怒る。その反応が正しいのだ。


「それが通じない相手の可能性があるってことだ」


(娘が消えても神々しき鳥のせいに出来るしな)


 良く出来た伝承だとミキは場違いな関心を抱いた。




(C) 甲斐八雲

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