其の伍
グルリと囲うように存在する高い石壁。王都を守護する城壁である。
よく見れば実戦で使用されているのか、削れ壊れた様子や火で焼かれた跡も存在している。
その壁の袂に蟻が列をなすような……そんな行列ができていた。
王都の城門前では、中に入る為の手続きを待つ人たちが守備兵の指示に従い列を作る。
旅人や一般の人たちとは別に、隊商の列へと並ぶレシアたちの元へ兵たちの方が出向き荷の確認をする。
王都と呼ばれる場所で新たなる発見を心待ちにしているレシアの顔を覆うように、彼がフード付きのローブを頭の上から掛けて来たのだ。
一気に視界が遮られ……目からの情報量が一気に減った。
「ミキ。暑いです」
「ここからは待機だ。日に焼けるぞ?」
「もう結構焼けてます。それにここはまだ日陰です」
普段からローブを嫌う彼女はよく脱いでいる。
おかげで白い彼女の肌も薄っすらと焼けていた。
不満を口にしてローブを頭の上から退かそうとするが、その手を彼が制する。
レシアは頬を膨らまして相手を睨んだ。
「この色は好きじゃ無いんです」
「……でも俺のことは好きだろう?」
「はい」
即答してから軽く首を傾げる。
「今の質問は変です」
「間違ってない。俺が好きならそれを退かすな。嫌いなら退かしても良い」
近づいて来る兵に向けていた視線を彼女へと向け、ミキは苦笑気味に頬を軽く上げる。
「もしずっと一緒に居たいなら、ちゃんと着て黙ってろ」
「……」
物凄い不満を抱きつつもレシアは頭から被り直してちゃんと着る。
乱れが無いか確認までする念の入れようだ。
「失礼。確認したい」
寄って来た兵が、二人の居る荷車を見る。
「王都にはどのような都合で?」
「俺は商人だ。まだ駆け出しだがな。今は親の脛をかじって世界を見て回りながら今後売れそうな物を探している」
特に準備などしていなかったがスラスラと彼は嘘を言う。
と、兵の視線がレシアを見た。
「失礼ですがお連れの方は?」
「ああ。嫁だ」
その言葉にレシアの動きがピタッと止まった。
全ての神経を耳へと傾ける。
「この国の教えを知らなくてな。顔を隠す布が欲しいのだが……どこかに売っていないか?」
「それでしたら入ってすぐの所で売っています。他国の方で決まりを知らない人も多いので」
「そうか。ついでに嫁と呼んでいるがまだ誓っていない。折角南部の王都まで来たのだから、記念にこの地で誓いたいのだが……何処か良い場所は無いか? 金は多少無理をしても良い。記念だからな」
何処か生真面目に対応していた兵の表情も緩む。
「それでしたら王城近くの場所が良いでしょう」
言って兵は紙を取り出すと、簡易的な地図をしたためてくれた。
「簡単な物ですが」
「助かるよ」
礼を告げて一応荷物の確認などを受ける為に荷車から下りる。ミキたちの荷物は商人を装う背負い袋が一つだけだ。後は全てナナイロの中に収め隠している。
背負い袋の中身はちょっとした雑貨だけだ。特に珍しい商品は無い。
「この黒い棒は?」
「護身用に持っています。自分が住む地方に伝わる武器です」
「……刃物の類では無いので問題無いですね」
提出した十手をまた腰の後ろに戻しミキは兵の様子を伺う。
レシアの前に立った彼は、その顔を覗かないように気をつけ声を掛ける。
「失礼ですがローブの前を開いて中の様子を確認させていただきたい」
コクンと頷いてレシアは言われた通りローブを持ち上げ広げる。
ポテッと砂の上に落ちたナナイロに兵が驚いたが、フルフルと動いて歩き出す様子から生き物らしいと判断されてお咎めは無い。
何より普段のレシア服装は全体的に薄着なので、武器などを隠している気配すら無い。
ただその服では隠し切れない女性特有の凹凸に兵は顔を赤らめた。
「問題はありません。大変失礼をしました」
コクンと頷き、彼女はミキの元へと駆け寄りその腕に抱き付く。
「全て確認しました。貴方たちの入城を許可します」
「ありがとう」
許可証らしき物に対する代金を支払うと、応対していた兵が優しく笑う。
「自分も近々結婚するので」
「……そうか。それは助かった」
軽く握手を交わしてミキたちは荷車の上へと戻った。
兵は次の仕事へ向かいかけるが、肩越しに一礼したのでミキも軽く頷き返しておく。
「……レシア?」
「ごめんなさい」
人とは違う目を持つ彼女は分かっていた。
兵が自分の手足が日焼けしていることを訝しんでいたことに。
ただミキの『誓いたい』と言う言葉と自身の婚姻が近いことを思い……目を瞑ってくれたのだ。
「でもでも……あれほど日が照っていれば日焼けなんてしますよね?」
「そうじゃない。この国の女性は普段あまり肌を出さないんだ」
「……」
隣に座る相手の頭をミキは優しく撫でる。
「つまり俺たちは他国からの人間だと思われた。他国の者であればこの国の決まりを知らない可能性がある」
「決まりですか?」
「……寝てたな」
最初怒ろうとしたミキだったが、相手が寝ていたことを思い出し我慢した。
「この王都に奴隷が入るのはかなり厄介なんだよ」
「……」
と、彼女が甘えるように抱き付いて来る。
「ミキ」
「何だ?」
「さっき私のことをお嫁さんって……」
フードを少し動かし顔を晒したレシアの目が真っ直ぐ彼の目を見る。
「誓いたいって言ってました。つまりそれって」
「嫁と言う言葉に関しては間違っていないだろう? もうずっと一緒に居るんだし、子作りだってしてる訳だからな」
「はい」
「……誓いの方はこれから先、やっている暇なんて無さそうだからな。だったらここでしておいて悪く無いはずだ」
「はい!」
満面の笑みを浮かべてレシアは彼の首に抱き付くとキスをして来た。
(C) 甲斐八雲
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