其の参

「また砂漠と荷馬車です」

「そう愚痴ばかり言うな」

「……えいっ」

「暑い」


 隊商の荷車の上で、ミキは抱き付いて来る彼女の体温に諦めの息を吐く。


「お前は暑く無いのか?」

「暑くてもミキが居れば抱き付くのです!」

「……離れろ」

「何で~!」


 力任せに相手を引き剥がし、追い打ちの手刀を構えた。

 サッとレシアは頭に七色の球体を乗せて盾とする。必死に小さな羽を動かしナナイロと呼んでいる球体が命乞いらしき動きを見せる。


「全く……この何日かずっと相手をしていただろう?」

「足りません!」


 ナナイロを頭に乗せ、レシアは胸を張りそんなことを言う。


 隊商の荷物が雨で濡れてしまい商品の無事を確認する為に出発が予定より二日遅れた。

 結果としてミキたちはその二日間を宿屋で過ごし、終始彼はレシアの相手をしていたのだ。


「やはり甘やかすべきじゃ無いか」

「うな~ん!」


 駄々っ子の様に荷車の上に倒れ込んでジタバタと暴れ出す。

 これがある場所では『巫女』と呼ばれる存在だと誰が信じてくれるだろうか?


 ミキは眉間を指で揉んで、いら立ちを誤魔化した。


「少しは大人しくして居ろ」

「……暇です」

「日が沈んで冷えて来たら抱き付いて来ても良い」

「……はい」


 体を起こして手持ち無沙汰の様子で、レシアはナナイロを撫でて暇を潰す。




 焚火を囲い木の棒に羊の肉を突き刺し炙った物を、レシアが嬉しそうに頬張り続ける。

 ナナイロの中に収納していれば、なま物も余り腐らないと言うことが分かって来た。ただ腹を下す心配があるから火の通せる物が中心となる。結果食料として肉の割合が増えた。


「魚が食べたい」

「我が儘を言っちゃダメですよ~」

「王都に行った魚料理を中心に食べるからな」

「……良いですね。たまには魚も食べたいです」


 食べ物に関して好き嫌いの無いレシアは肉以外も食べる。ただ肉が好きだから食べる回数が多いだけだ。

 止まることなく肉を食べ続ける相手に呆れつつ……ミキは隊商の者たちの顔を確認する。


 やはり自分たちと同じ日に消えたというオアシス都市ダンザムで出会った黒装束の男たちは居ない。それと自分たちに『消える都市』の話をした護衛もだ。

 あの砂漠での出来事は悪い夢の類では無かったと知って、ミキは何となく頭を掻いた。


「何ですかミキ? そんな嫌そうな顔をして?」

「……何でもないさ」

「その言い方だと気になります」


 肉を頬張るのを止める程度に彼女もミキの様子に何かを感じたらしい。

 変な行動や力を使われる前に、彼は軽く頭を振った。


「寒くなって来たからな。今夜はどう温まろうかと思っただけだ」

「心配要りません! 私が抱き付いて朝まで温めますから!」

「……心配になって来た」

「ミ~キ~!」


 怒って肉を頬張るレシアが頬を膨らまして拗ね始める。

 クスリと笑いミキは自分の分を口に運び始めた。




「お客さん。起きてますか?」

「ああ」

「見えてきましたよ。あれが王都です」


 言われて荷車の進む方向に顔を向けたのは、寝ていたはずのレシアだった。

 本当に無駄なまでに優れた動きを見せつけられ、ミキは何とも言えない気持ちを抱きながらも彼女と並んで顔を向ける。

 砂漠の熱で歪む視線の先に……少しずつ街の様子が浮かんで来る。


「大きいな」

「はい」

「そりゃ~南部最大の街ですからね。この国の住人の半数以上が居るとも言われてます」


 故郷なのだろうか、自慢気に語る商人は何処か誇らしげだ。

 ただ住人が半分以上は言い過ぎだろうと思いつつも……ミキは何となく隣に居るレシアの脇腹を突いた。


「ミキ……そこはダメです」

「良いから。少しあの街を見てくれ」

「何をですか?」

「……どれぐらい人がいそうだ?」

「…………物凄い数が居ます。今まで見た街では一番です」

「そうか」


 大規模な都市であるのは間違いなさそうだ。


「なら街の下は見えるか?」

「下ですか?」

「ああ。水脈……水の流れだ」

「ありますね。複数の流れがあの街を抜けてます」

「なるほどな」

「ミキ……何を考えてますか?」


 抱き付いて来て耳打ちして来る相手に彼は何となく返事をする。


「あの街を落とすならどうすれば良いのか少し考えただけだ」

「ミキ?」

「包囲するには結構な数の兵士が必要だ。水はあるが穀物などの難はある。籠城しても数ヶ月が限界だろうが、その場合は少なくても一般の市民にも死人が出る」

「……」


 難しい話をされてレシアは何となく相手から手を放した。


「ファーズンが馬鹿なことをして亡者共が湧いたとしたら……あの街では一年も戦えないと言うことだ」

「そうなんですね」

「ああ。やはり真面目に『彼女ら』の行方を捜して話をしないとダメらしい」


 興味を失ったと言いたげに、ミキは街から視線を外して荷車に座り直す。

 レシアもまた同じ行動を取って彼の隣に座った。


「ミキは、ファーズンが何で彼女たちを集めていると思ってるんですか?」

「ん? たぶん聖地で力ある者を使い『閻魔』を呼ぼうとしているのだろう。つまりお前の替わりを探しているんだよ。厄介なことにな」

「なら南部の王様も同じなんですかね?」


 レシア的にはただ口から出た言葉でしかなかった。


「……かもな」


 苦笑交じりに答えミキは頭を掻いた。

 仮に本当にそんなことを考えているなら……この世界の終わりは案外近いのかもしれないと嫌な気持ちになったのだ。




(C) 甲斐八雲

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