其の弐

 ムクッと起き上がったレシアは周りを確認しブルッと体を震わせると、彼の腕の中に潜り込んだ。

 日中はあれほど暑いのに夜になると本当に寒くなる。この暴力的な気温差を食らいつつも、甘える理由になるからと彼女はまったく気にしない。


 暑い寒いは自然が何かしらの理由で必要だから生じている現象だ。ならばその環境に生きる人間は、適応する努力を見せれば良い。自然に対して『暑い。寒い』と文句を言うのが間違っている。

 それを理解していてもレシアの口から多少なり不満が口を出ることはあるが。


 ウリウリと彼の胸板に頬を擦り付けていると、逞しい腕が伸びて来て優しく包み込むように抱かれる。


「暴れるな」

「……寒いです」

「だからもう一枚着ろと言ったのに」


 ギュッと抱きしめられ、肌が密着することで熱が生じる。

 トロンとその目を弓にしながら、レシアは彼に抱かれ……そしてその耳に届く音に心を向ける。

 まだまだ遠い場所から聞こえてくる音は、とても華やかで楽し気だ。


 こんな遅くに騒いでいるオアシスでもあるのか、それとも王都が近いのか……レシアはしばらく考えたが途中で意識を手放して眠りに落ちる。

 今は彼の腕の中で温もりを感じている方が重要だった。




「音?」

「はい。ミキにぎゅ~っとされていた時に聞こえたんです。そう、ぎゅ~との時に!」


 まだ機嫌が上向いたままのレシアは朝から元気が良い。

 ぎゅ~の部分を強調しながら抱き付こうとしている様子など、完全に話の本筋を間違えているとしか言いようが無いが。


「音……音ね」


 一瞬考える彼の隙を見計らって、レシアは抱き付こうと動く。

 だが相手の牽制の手刀を見て踏み込む足から力を抜いた。そのまま飛び込んでいれば、自分の脳天にあの手刀が振り下ろされていたのは間違いない。


「この近くに街どころか、オアシスの類も無いはずだがな」

「……そうなんですか?」

「ちょっと意識を澄まして見てみろ」


 言われてレシアはクルクル踊りながら四方に意識を飛ばす。

 自然の力を借りてより遠くに飛ばした意識は、確かに近隣に人の住む場所を見つけられない。


「ん~。あっちにずっと……ず~っと行った所に人が居ます」

「それが次の目的地だろう」

「……ならあの音はどこから流れて来たんですか?」


 話が振り出しに戻った。


 可愛らしく首を傾げて不思議がる彼女の様子は、聞けば返事を貰えるという絶対的な安心感すら漂わせている。

 自分の知識はそこまで万全では無いのだが、それでも『負けたくない』からミキは思考を走らせる。


「考えられるのはお前が寝ぼけていただな」

「……起きてました。ミキにぎゅ~っとされて、目はパッチリでした!」


 一番そうであって欲しかった状況を否定され、渋々次の可能性を模索する。


「後はお前が無意識に自然に対して力を使い過ぎたとか」

「ん~。そんなことはしてないと思うんですけど……」


 ムムムと呻きつつレシアも首を傾げる。

 ただ目の前の相手は無意識にとんでもないことをサラッとやるので、ミキとしてはそっちの線を捨てきれない。


「それか変な力に目覚めて先読みしたとか止めてくれよな」

「……ん~。そんなことあるんですかね~?」


 結局これと言った答えが出ないまま二人は悩み続けた。

 だがその夜……恐ろしいほど呆気なく答えが見つかった。




「ああ、それはたぶんあれだ。呼ばれたんだ」

「呼ばれた?」


 ミキは基本、知識を得るために人に話しかけ会話をする。

 隊商などに属する者は、色々な話や噂を知っているので機会があると話しかけるのだ。


 今夜もその一環で話しかけたら、不意に日中のことを思い出しその話を口にした。

 反応が先のセリフだ。

 中年の護衛が何か思い出したのか、笑いながら膝を叩いた。


「……ああ、済まんな。随分と昔に聞いた話でついガキの頃のことを思い出してな」


 焼いた肉と酒を手に機嫌の良い彼は言葉を続ける。


「この砂の国には『消える都』とか『埋もれる都』とか『黄金の街』とか言われる場所が、存在しているって言う噂話を良く耳にするだろう?」

「ああ。出来たら見に行きたい」

「あはは。実はこの話にはとんでもない裏があってな……実際にそんな場所は無いんだ」


 地元の人間である彼がそう断言し言葉を続ける。


「オアシスが砂に飲まれて消えるなんて言う話が外に伝わる時に、消えた村が街になりそして都になったらしい。だが実際は砂に飲まれそうになって捨てられた村が、事実飲まれただけの話なんだ」


 グビッとワインを煽り男は熱い息を吐く。


「それでも宝が眠る場所があるんじゃ無いのかと探す者も多い。俺もガキの頃はそう言った冒険をしていた口でな……まあ実際は宝どころか村の跡すら見つけられなかった」


 肉を食べ、しゃぶり尽くした骨を男は焚火に投げる。


「だがそんな廃墟を探す者たちの間にある噂が生じている。『楽しげな歌と音に誘われて砂漠を歩いて行った者が帰って来なかった』とな。眉唾物の話だが、事実消えた者は本当に居るらしい。実際俺も音を聞いたことがあるんだが……怖くなってその場で耳を塞いで蹲った」


 まあガキの頃の話だけどな……と彼は笑い、そして最後にこう告げた。


「ただ帰って来た者も居るらしい。その者たちが言うには……『とても素晴らしい場所だった』と言う話だ」


 話を聞いてレシアが目を光らせ、そしてミキは静かにため息を吐いた。




(C) 甲斐八雲

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