其の玖
荷物のように部屋の隅に投げ捨てられたレシアは、その衝撃を必死に耐えた。
「何だ? 腰でも打ったか?」
「ん~っ! んっんっん~!」
「それだけ元気なら大丈夫か」
必死に顔を左右に振るレシアだったが、彼はそんな彼女を無視する。
ドカッと椅子に座り、机の上に置かれている小型のワイン樽を掴んで一気に煽った。
「お前は本当にシャーマンか?」
「ん~っ!」
「元気だけは良いな」
ジタバタと暴れる少女に、男はやれやれと首を振る。
どんな躾を受けているのかは知らないが、こうも我が儘に育っているのには問題がある。
せめて人の話を聞くぐらいの教養は身に着けさせろと言いたくなった。
「あまり騒ぐようなら」
軽く頬の一つでも張れば静かになるだろう。
そう思い軽く手を上げると……その手を掴むために"それ"が姿を現した。
「その子に対しての暴力は許さないわよ」
「けっ。獣臭さを漂わせて人の後ろを付いて回る奴が偉そうに」
捕まれた腕を振り払って男はまた椅子に向かう。
レシアを救った女性は、そんな相手に冷たい視線を飛ばした。
「女性を縛り上げるだなんて酷い男ね」
「拘束は解くな。解いたらまとめて首を飛ばす」
「出来るの?」
「お前ら"犬っころ"くらいなら簡単だ」
不意に沸き上がった殺意に、男は静かに右の拳を背後に回す。
その拳は、姿を消して襲いかかろうとした少女の顔面を捕らえた。
「ぐっ! はうっ!」
「犬が騒ぐな。次は殺すぞ?」
立ち上がり追撃で殴られた少女の腹を踏みつける。
一連の動きに……レシアもそんな少女を抱く女性も冷や汗をかいて見つめていた。
「女子供に手を上げるなんて酷い男ね」
「甘ったれるな。殺意を向けて来た以上はただの敵だ。女や子供であっても殺す」
その言葉が嘘ではないと女性は理解していた。
本当の意味での武芸者。それがミツと呼ばれる男だ。
と、ジタバタと暴れるレシアに気づき、女性は彼女の口を覆う布を解いた。
「漏れますっ! もう限界ですっ!」
「……本当に貴女は大物ね」
呆れつつも支配者たる相手に視線を向けると、シッシッと追い払うように手を振られた。
「兄さん。足腰鍛えてますね~。これに付いて来るとは驚きですわ~」
「良いから走れ。相手もしつこいぞ」
「でしょうね。ずっと俺っちたちに巻かれてましたから、たぶん山岳行軍に長けた人を呼び寄せたん違いますか~」
「ならもっと足を動かせ」
「せやな~」
ミキとゴンはまだ逃げ続けていた。
「それでどうしてこの子を攫って来たの?」
「……」
「行き当たりばったりだったの?」
「……ゴンの奴が男を連れて戻るからと言って、宿屋の前で待っていたんだ」
返事をしてミツは気づいた。
静かに机の上に樽を置いて深く息を吐く。
「人の獲物を掻っ攫うとは酷い男だな」
「貴方が言うべき言葉じゃ無いわね。少なくとも」
「そうか?」
「そうよ」
「……そんなことをしているお前にだけは言われたくないが?」
呆れつつミツはまた樽を掴んだ。
一撃を受けて気絶している少女を横に眠らせ、女性はまた口に布を巻かれたレシアの相手をしていた。
「ふなぁ~っ!」
「はいはい。大丈夫ですよ~。お姉さんが守ってあげますからね~」
「なぁ~っ!」
「そんなに怖がらなくて良いんですよ~」
「……お前を怖がってい居るんだと思うぞ?」
「煩いわね。なんで私が怖いのよっ!」
ミツはチラッと視線を向けた。
レシアの服の中に頭を突っ込んだ狼が、ペロペロと舐めている様子が伺える。
全身を舐められて暴れない者などそうは居ないだろう。
「狼は巫女を舐める習性があるのか?」
「無いわよ。これは私の愛情表現よ」
「……そうか」
肩を竦めてミツはワインを煽った。
「ここまで来れば大丈夫っしょ」
「……最初からここを目指して走っていたんだろ?」
「そんな身も蓋も無いこと言わんといてや~。折角の舞台が台無しやで?」
カラカラと笑いながら、ゴンは立て掛けて置いた獲物を掴む。
そっと刀に手を乗せミキは軽く身構えた。
「兄さん。これと戦ったことはあります?」
「戦ったことは無いな。ただ鍛錬の一環で兄弟子にボコボコになるまで叩かれたが」
「ひっどい兄弟子やな~」
「ああ。その後義父にボコボコにされていたけどな」
「一番の悪はそのオトンですか?」
「かもしれん」
スラリと右手で打刀を抜く。
相手の武器を見た限り、抜刀行為は自殺志願としか思えない。
カラカラと笑ったゴンは、頭上で自分の武器を両手で持った。
肩の位置で掴み、重量挙げの様な構いを見せる。
「さてさて。俺っちのコイツは中々に凄いっすよ? なんせあのミスリルの次に硬いオリハルコン製っすからね」
「悪いな。この刀はそのミスリル製だ」
「……そんな高価な武器を持ってるとかどうなんですか? 城が建つとか言われるっしょ?」
「らしいな。でも好意で貰った」
「良く分からないっすけど……殺意を覚えたっすよ」
頭上の構えを解いてゴンは両腕を降ろす。
腰の前で横に置き軽く両腕を広げて改めて構えた。
黒く鈍い光を放つ……それは見まごうなくただの"杖"だった。
「俺っちは
内心で『やはり』と呟き、ミキは正眼に構えた。
「
「あはは。宮本っすか? 武蔵は知ってますが……あんさんことは知りませんなっ!」
踏み込みと同時に杖の先端が弾けた様に飛んで来た。
(C) 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます