北部編 伍章『傾奇者と武芸者と』
其の壱
「ミキ~」
うるうるとその目に涙をため、レシアが荷物の整理をしている。
ここ最近と言うか、ずっと不思議なことが起きている。
何故か彼女の荷物だけが濡れているのだ。
中身を引っ繰り返して全ては干し始める彼女の姿を視界に捕らえ、ミキは一通り内容物を確認する。
切られて畳まれている布と巻かれたままの布は……どれもが濡れていた。
それ以外となると、ちょっとした小物や保存食なのか干し肉などが隠されている。
おかしい物は特にない。何より彼女の荷物には水筒が入っていないのだ。
水筒は背負い袋に付けてミキが背負っている。
コケコケと鳴きながら木の枝に縄を渡らせる球体の悪さでもなさそうだ。
広げて荷物を確認する彼の手が止まる。
小さな袋が濡れている。縛ってある紐を解いて中身を引っ繰り返すと、
「ってミキ~っ! それはダメな奴ですっ!」
「下着か」
「うにゃ~んっ!」
地面に転がった下着に飛びついて回収したレシアが、怒った猫のように唸って離れて行く。
裸を見せることに対しての抵抗が少ない割には、彼女は下着やら下着姿を見せることに抵抗を覚えるのだ。
やれやれと肩を竦めて、下着の入っていた袋を畳もうとして気づいた。
重い。
もう一度引っ繰り返すが、重さが残ったままだ。
袋の中に手を入れると、何かが入っている。
捲って中を確認すれば、布で固定された物が目に入った。
「レシア」
「はい?」
「これは?」
呼ばれて駆けて来た彼女は、覗き込む様にして彼の手元を見る。
「あれです。カメさんに貰った綺麗な石です」
「……そんなのもあったな」
「はい。盗まれないように隠してました」
チュッと頬にキスして彼女はまた荷物を干しに戻る。
固定している布に触れ……隙間を見つけて中身を取り出す。
白い石がコロッと彼の掌に収まった。
「……なあレシア」
「はい?」
「たぶんこれだ」
「何がですか?」
そっと石を手にしてミキは日にかざす。
そんな彼の様子に興味を覚えたレシアが飛んで来て、背後から抱き付くと一緒になって石を見る。
「……滴です」
「ああ」
「石ですよね?」
「たぶんな」
指で挟む様にしてかざす石から、水滴が滴となって転がり落ちる。
その滴が彼の手を伝い、肘から地面へとポタポタと落ちて行くのだ。
「石ですよね?」
「……」
どれほど見ても石にしか見えない。
にもかかわらずその石が水を産んでいるのだ。
「……とりあえずこれを水筒に入れて様子を見るか」
「ですね」
また頬にチュッとキスしてレシアは戻った。
カルンアッツに居た間、寂しさに支配されていた彼女は、今度は母親との別れを嘆いている。
新しい理由を作って甘えているだけの様な気もしなくはないが……次の街に着くまでは甘えさせてやることにしている。
「ミキミキミキ」
「どうした?」
「水筒がパンパンです」
背負っている荷物に手を伸ばし、ゴソゴソと水筒を外した彼女が胸に抱いてやって来る。
確かに膨れ上がった水筒がはち切れそうに見える。
「思いの外、水を作るらしいな」
「ですね」
水筒の口を開くと、ゴボッと溢れるように水が出た。
本当に限界だったのだろう。
「ミキ~?」
「止めておいた方が良いぞ?」
「でも……えいっ」
手酌で溢れる水をすくったレシアは、それを軽く口に含む。
ん~と唸りながら舌を動かし具合を見る。
「特に変じゃないです。雨上がりの湧き水より遥かに良いかもです」
「雨上がりの湧き水は飲むな。危ないから」
「そうなんですか?」
たぶん飲んだことがあるであろう彼女への注意は今度するとして、ミキも指先で水をすくって舐める。
不純物は感じない。真水の様な感じがする。
「どうやら飲み水を作る石らしいな」
「ですね」
頷いて水筒を見る彼女は、軽く首を傾げてからそれに気づいた。
「これって物凄く高価な物じゃないんですか?」
「たぶん場所によってはとんでもない値が付くだろうな」
「ほぇ~。カメさん凄いです」
純粋にカメからの贈り物を喜ぶレシアと、それを渡してでも彼女を遠ざけたかったカメの気持ちを察するに……ミキは何も言わないことを選んだ。
「とりあえずこれで水だけは確保できるから、次の街に着いたら水筒をもう一つ買うとするか」
「は~い」
元気良く賛成したレシアは、また歩きだした。
カルンアッツを出て西にしばらく進んだ。
街道は比較的安心らしく、襲いかかって来る化け物も"たまに"だと言う話を聞いた。
ミキたちは隊商に加わることもせず二人だけで旅をしている。
別に同じ方向に行く隊商があれば混ざっても良いのだが、どうもここ最近レシアが異性の目を集めてしまうのだ。
成長した体もそうだし、何より整った顔もある。
だがそれ以上に母親の元を離れてから見せる寂しそうな表情が男心をくすぐって止まらない。
どれほどの男性に声を掛けられたか分からないほど、彼女の魅力は高まっている。
(これを素直に成長と思えない俺は小さな男なのだろうか?)
自問して苦笑したミキは、フラフラと歩く相手の手を掴んで自分の方へと引き寄せる。
「……何ですか?」
「あまり遠くに行くな」
「大丈夫です。それとも近くに居ないと寂しいですか?」
「ああ。そうだな」
「ふえっ?」
冗談口調で言った言葉の返事にレシアが目を白黒させる。
その返事は正直考えても居なかった。
「ミキ今のは……?」
「変か?」
「……変じゃないです」
顔を真っ赤にさせて、レシアは彼の腕に抱き付き横を歩き出した。
(C) 甲斐八雲
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