其の弐拾弐
ミキは手に持つ武器に視線を向ける。
自分に向かい突進してくるのは男が二人。
服装から兵士には見えず、感じとしては宰相が雇っていたゴロツキに似ているからそうなのだろう。
何より今持つ武器ではたぶん峰打ちが出来ない。
ハッサンの打った"刀"とは違い、こちらの武器は普通に鉄製だ。
無理をすればポキッと折れてしまいそうだ。
右手を上にして長い武器を上段に構える。
巌流小次郎は、"物干し竿"と呼ばれる長剣の使い手だった。
だがその戦い方を知る者は意外と少ない。対戦して生き残ったのは彼に勝った義父のみだからだ。
皆が聞きかじった動きで彼が繰り出したと言う"秘剣"を追い求めた。
弟子たちが各々棒切れを振るのを義父がただ眺めている姿を何度か見たことがある。
なぜ義父が知っているはずの秘剣を使わなかったのか?
自分なりに答えを見つけた時にミキは納得した。
合わなかったのだ。その考えが、その発想が。
だから義父は使わなかった。
秘剣……つばめ返しを。
フワッと敵が構える長い武器の先端が円を描くように揺れた。
男はその切っ先に注意して足を進める。
長い武器は危ない。こちらの攻撃が届く前に攻撃されてしまう。
そんな簡単なことは子供にだって分かる。
だから十分に注意して……フワフワッと動いた相手の武器がゆっくりと振り下ろされる。
避けてくれと言わんばかりに向かって来るそれを目で見て男はそっと体を動かし……自分の喉に何かが触れるのを感じた。
「かはっ……ごほっ!」
喉を斬られ鮮血をまき散らし男は崩れ落ちる。
返す刀でゆったりと隣で駆けていた男に武器が向かう。
何が起きたのか理解出来ずに、自分に迫る武器を見つめて十分な距離で、
「ごふっ!」
また喉を斬られて男が崩れ落ちた。
躯を二つ作ったミキは、長い武器を振り払い国王に視線を向ける。
「まだそこに居ろ。邪魔する者を全て斬ったら……最後は分かっているな?」
わざとらしく喉の奥でクククと笑いまた武器を構えた。
ホルスはそれを見て自分の体が汗をかき震えていることに気づいた。
通りで悠然と武器を振るう若者は、間違いなくガンリューの動きそのものだった。
「あれが剣豪の息子か……」
思い出した。確か彼はそう言っていた。
老い先短い自分の替わりにこの子を大事な場所へと連れて行くであろう人物のことを。
愛おし気に託された赤子を抱いて、慣れない子育てに色々と困りながらも。
「ガンリューよ。確かに居ったぞ」
彼が探し求めていた存在が。
レシアはその動きから目が離せずに居た。
自分が知らない独特な動きは、舞う度に命を奪う恐ろしい行為だ。
だが彼の纏う空気に変化など無い。
悠然と煌めく長い武器は、まるで宙を舞う鳥の様だ。
次にどちらに向かうのが分からない。
羽根を、体を、くねらせる様にして変更を変える鳥のように……彼の持つ武器が流れるように舞う。
(お爺さんの動きです)
自分では似た動きをしたはずだったが、実物を見るとやはり何かが違う。
悠然と振るわれる武器が、フワッと行き先を変えて喉元を掠って行く。
鳥が空を舞うように……ヒラヒラと。ヒラヒラと。
(やはり義父には向かないな……)
内心で呟き苦い笑みが出る。
ようやく自分なりに辿り着いた秘剣の正体は、だまし討ちだ。
誰だって自分に向かい武器を振るわれれば避ける。
その回避する動きに連動して刃が舞うのが秘剣の正体だ。
武器の長さの都合、敵はこちらの攻撃を交わしてからまだ前進し続けなければいけない。
ミキは避けられる攻撃を放ち、相手の体勢を崩すと同時に踏み込んで来る動きに合わせて自分の足を一歩引く。結局相手との距離は変わらずに、近づいたと思い込んでいる相手の首に切っ先を振るう。
相手への洞察と体捌きが肝となるこの秘剣は、野生児の様な肉体を誇る義父には向かない。
義父が野生の生き物だとしたら、秘剣はまるで罠の様な存在になる。
(野生の獣が罠など使うものか。置かれた罠を踏み潰して進む人だしな)
だから秘剣を義父が使うことも教えることもない。
何よりこんなフワフワと、そして流れるように木々を抜ける様子の剣など彼なら一刀両断で切り裂き突き進む男だ。
(こんな姿を見られたら……拳骨1つで許して貰えるだろうか?)
たぶん無理だと理解し、ミキは襲いかかって来た男の首を切っ先で撫でた。
それだけで首を斬られた男が、鮮血をまき散らして崩れ落ちた。
「さて」
「ほえ?」
静かに動きを止めた最愛の人から、レシアはホルスへと視線を動かす。
自分同様に興奮して彼の動きを見つめていた老人は……軽い足取りで歩き出した。
馬車の方へ。ゆったりとした歩みで。
「おじいちゃん!」
「あはは。大丈夫じゃ……ここから先は若造では無くて私の出番なだけだよ」
グッと雰囲気が変わったのを感じ、レシアは追う足を止めた。
付いて行ってはいけないと……そんな声が聞こえた気がしたからだ。
と、パタパタと飛んで来た球体が頭の上に止まった。
何処に行っていたのかは知らないが、何となく満腹な感じに見えるから……あとでミキに叱られなければ良いと思ってしまう。
「君も一緒に見ようね」
頭の球体に手を伸ばし、それを動かし胸に抱いた。
(C) 甲斐八雲
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