其の弐拾弐
その異様な姿を目撃した村人たちは、気圧された様子で道を譲る。
片腕で人ほどの荷物を引き摺り歩く青年……実際彼が引き摺っているのは人だった。
「助けてくれよ! 何でも話す! 何でも話すからさっ!」
大絶叫で騒ぎ続ける荷物は、仲間を失い手足を砕かれたリーダー格の成れの果てだ。
そんな彼の襟を掴み引き摺っているのは誰でも無い。ミキだ。
昨日の祭り会場となっていた村の中心部へと来た彼は、そこに荷を置き今一度目隠しを確認する。
そして抜いた刃でペチペチと相手の頬を叩いて冷めた口調で話しかけた。
「ここで全てを白状しろ。お前たちが誰に頼まれて何をしたのかを」
「助けてくれるんだよな?」
「お前が事実を言えばな」
「……言う。全部言う」
「大きな声ではっきりとだ。良いな?」
男は命じられるがままに声を張り上げて全てを白状した。
名前の知らない小太りの商人にちょっとした依頼を持ちかけられたことを。
何でも『夜更けに祭り催しで優勝した男が賞金を抱えて橋を通るから、それを襲って金を奪えば良いと教えられた』と。
その時に相手を傷つけて欲しいと。
特に右腕に怪我を負わせて仕事がやりにくくなるようにして欲しいと。
実際は襲ったら対抗が激しくてついこっちもやり過ぎてしまった。
だが男はその事実を隠して、声の限り叫び続ける。
全部小太りの商人の命令なんだ。
仮に死んでもそれは事故だから仕方がない。
それぐらい酷い怪我を負わせてほしいと頼まれたのだ……と。
自己保身から男は必死にあの小太りの商人を悪者にした。
生きたい。生き延びたい……その思いが強ければ強いほど嘘に嘘を重ねていく。
結果として最初との言い分に隔たりがあったとしても、それを聞いていた村人たちは皆気付く。
誰が一番悪いのか……を。
「全部話した! 約束だろう! 助けてくれよ! なあ! 聞いてるんだろ!」
必死に声を張り上げる男の元へ村人たちがゆっくりと迫る。
その気配を感じて口を閉じ震えだした男は……目隠しを外されそれを見た。
冷めた表情を浮かべる村人と、彼らが握り締める農作業の道具などを。
「助けてくれよ。頼まれただけなんだよ~っ!」
泣き叫ぶ声も空しく……村人たちの"私刑"によって、男は何も言わぬ躯へと姿を変えた。
手当たり次第に金目の物を詰めて、ザジーリーは支度を急いでいた。
家族や店の者には『商談に行く』とだけ伝えたが……もっと早くにこうするべきだったのかもしれない。
もうダメだ。自分の破産は目に見えている。
このままでは全てを取り上げられて奴隷となるのは間違いない。
この齢で朝から晩まで働くことなど……想像しただけで背筋が凍る。
慌てながら袋を背負い、万が一の為に懐に短刀を忍ばせて店の裏口から飛び出す。
奴隷に落ちるくらいなら、どこか遠い場所で身を隠して生きて行くしかない。
「どこへ行くんだ?」
「ひぃっ」
「……どこへ行くのかと聞いている」
冷ややかな声に身を竦ませ、彼は慌てて振り返る。
旅の青年が立っていた。
確か彼はタハイの所に居た……ハッと気づいて逃げ道を確認する。
ダメだ。背後の路地は狭すぎる。一度店の中に戻って、
「お前が唆した男が全て白状したよ。お前に頼まれてタハイを襲ったって」
開いたままの扉に駆けこもうとした足が止まる。
「今頃村の中心で村人たちに……多分生きてはいないだろうな」
彼の言う通りだ。この村は仲間意識が強い。仲間を傷つけた者を許すはずが無い。
そして仲間を襲わせた自分も……
「見逃してくれ。頼む」
「俺一人の目から逃れてこの村から出れるのか?」
「……」
咄嗟に口から出た言葉に対する答えが冷たすぎた。
彼の言う通りだ。もう逃げられない。
「どうして……」
力無く地面に膝をついてザジーリーは、土や小石を握り締めた。
「私はただ皆で豊かになりたかったんだ。それなのに……タハイが協力しないから!」
「そうか」
「アイツの協力があれば上手くいってたんだ! それなのに……どうして私ばかりこんなに追い詰められる? 間違っているんだ! 周りが、皆が! 私は村のことを考えて一生懸命やって来た! それなのに……」
ボタボタと涙を溢す彼の言葉はある意味本心なのだろう。
立ち位置が違ければ、物の見方とて変わるのが世の常だ。
だがミキは彼の姿を見て……どうしても言わずには居れなかった。
「タハイは毎日身を粉にして働いていた。その手は染料に汚れ、着ている服も同様にだ。なのにお前は綺麗な服を着てその手も白い……額に汗かき自ら働いたのはいつだ?」
目から涙を溢し続けるザジーリーはその顔を上げて相手を見た。
商人の自分が汚れるほど仕事をするなんてことは……
「どんな仕事であれ、汗一つかかずに居る者が『頑張っている』などと言って誰が信じる? お前はいつの間にかに『村の事』と言いつつも『自分の事』を優先していたんだ。だから見透かされた」
「……」
「今のお前の姿は自業自得。誰が悪いというならそれは間違いなくお前だ」
話す価値も無しとばかりにミキは会話を終えて立ち去ろうとする。
約束だから自ら手を出すことはしない。
と、地面に崩れていた男が立ち上がり……震えながら懐から短刀を抜いた。
「何も知らない旅人がっ!」
ただ襲われるのなら話は別だ。
振り向き様に上段から一閃。
ザジーリーは自身に何が起きたのかも気づかずに体を二つに分けた。
「……俺は染物職人には向かないらしい」
相手が背負っていた袋からこぼれ落ちた布を見る。
「どこに行っても血の色ばかりに染めてしまう」
うっぷと震えながら踊りを終えたレシアは、いそいそと荷物を纏めて全てを背負った。
「どうしたんですか?」
遠巻きにその様子を見ていたタインが不安げに声をかける。
「はい。そろそろ次の場所に向かいます」
「えっ?」
「旅に戻るんです」
「どうして?」
「……そうしないとダメなんですよ」
レシアはそれ以上言わず、少年の頭を優しく撫でてやった。
「私思うんです。全て手作業だと辛いじゃ無いですか? だから最初は道具にさせて仕上げは手作業とか……そんな風に分けてやったら楽にならないかなって」
「分ける?」
「はい。分けると言うか……助け合うですね。そうなると良いなって」
頭の上に七色の球体を乗せ、彼女は最高の笑みを浮かべる。
「良い職人さんになって下さいね」
~あとがき~
これにて北部編弐章の終わりとなります。
尻切れトンボな感じなのは、ちょっとした伏線と言うか……そんな感じの一環です。
視点や証言の変化でどう話が変わるのかを確かめたくて書いた試験的な一本です。
立場や思い入れ、自分勝手な態度や言葉って他人にどう伝わるのか分からないものです。
次話は、凄く短い割には意外と重要だったりします。
ぼちぼち蛇や鳥の意味に気づいている人もいるかと思いますが、次は北のあれです。
そうなると鳥の位置が……その辺の謎は南部編にて。
(C) 甲斐八雲
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