其の拾伍
「そっちはどうだ?」
「ただの倉庫っぽいです」
「なら品物はあっちの家か?」
「普通に考えると売り物っすからね」
三人の男たちは辺りを気にしながらコソコソと何かを求める様に足を動かしていた。
そこはタハイの作業場の一角であり、普段なら関係の無い者が訪れるはずの無い場所だ。
目を凝らし辺りを探る男たちに気づいた者が一人居た。
だが彼は身を潜めてやり過ごすことを選ぶ。男たちに見覚えがあったからだ。
彼らは今回の山での採取に同行して貰った男たちだったのだ。
その時に色々と話をしたのが良くなかったのかもしれない。
男たちは国で兵士として勤められなくなった者の成れの果てだ。
好意的な言い方で"護衛"と呼んではいるが、人によっては彼らのことを"ならず者"と呼んで蔑む。喰えなくなった護衛が犯罪を犯すことが本当に多いからだ。
彼らは経験から知っている。
何が金になってどこで売れるのかを。
足音が近づいて来る度に、隠れた彼は心臓を握り潰される思いに駆られる。
逃げ出しても逃げ切れる自信はない。
せめてもの救いは、自分に何かあっても最愛の人が逃げる時間くらい作れるはずと言うことだ。
武器は無いが、足元の石を拾い万が一に備える。
足音が……男たちの声がほんの僅かな距離で聞こえて来た。
「そこで何をしている?」
その声に驚き振り返った男たちはギョッとした。
ここには"護衛"など居ないはずだった。
だから簡単に商品を漁って逃げ出せば良いはずだったのだ。
「もう一度聞く……何をしている?」
全体的に軽装で身軽な感じの若者だ。
その腰に下げている武器は不思議な形をしているが二本もある。
騒ぎにしない方が良いと判断して、リーダー格の男が問いに応じた。
「済まんな。祭りを見ていたら道に迷ってな」
「そうか。なら来た道を戻れば良い」
「……そうなんだが適当に歩いて来たからどっちがどっちだか」
「なるほどな。だったらこの道を戻って左に行け。ただし真っ直ぐだ」
「あはは。悪かったな。こんな場所まで入って来て」
「全くだ。お前らみたいなコソ泥だから見逃すが、次に会ったらその首刎ねるぞ」
流石にその言葉に男たちはカチンと来た。
相手が武器を二本持っていてもこっちは三人だ。ここまで舐められる筋合いはない。
「ったく調子に乗って言わせておけば……俺たちはここの仕事を手伝ってやったんだぞ?」
「護衛の仕事だろう? 対価となる銭を受け取っておいて偉そうに語るな」
「お前……何様だ?」
「何様か……ただの軒先に座る番犬だよ。今はそんな気分だ」
「ふざけんじゃねえよっ!」
激昂して腰の武器に手を掛けた男は、二歩目で足を止めざるを得なかった。
若者の早業過ぎてろくに見えもしなかった抜刀から突き出された切っ先が……喉元で止まっていたのだ。
「今は押し掛けの番犬だが……これでも闘技場上がりの解放奴隷だ。次に俺の前に姿を見せてみろ? その首を刎ねる」
「……ひぃっ!」
一人が悲鳴を上げて駆けだすと、残る二人も釣られて逃げ出す。
ミキは刀を鞘に戻してその後ろ姿が見えなくなるまで見送った。
「済まんな。勝手なことをした」
「……」
「隠れてないで出て来ても平気だ。あれだけ脅せばしばらくは来ることも無い」
「……強いんですね」
「ただの脅しさ。人を脅すのに大切なことは、いかに自分を大きく強く見せることだ」
謙遜なのか本気なのか、口元だけに笑みを浮かべる相手に彼……ラシムはほっと息を吐いた。
「ただしここの布は有名になり過ぎた。今後あんな馬鹿共が押し掛けて来るぞ?」
「ですね。でも前々から村の方でも常駐の護衛を雇おうという話は出ているんです」
「なら実行した方が良い。手遅れになってからでは意味が無いからな」
「……貴方がこのまま引き受けるというのは?」
何とはなしに提案してみたが……そのラシムの誘いにミキは頭を振った。
「俺は連れと一緒にこの大陸の全てを見て回ると誓い合ったんでね。その先のことはまだ決めていないが……少なくともここで護衛をして過ごすことを選ぶのはずっと先だ」
「そうですか」
予想が出来た答えだっただけにラシムはすんなりと納得した。
最初に見た時から目の前の若者は"彼"と同じ空気を纏っていたからだ。
「貴方は"ミツ"さんの関係者ですか? 空気が似ていたので」
「いや違うな。会ってみたいとは思っているが」
「あはは。彼も中々難しい人ですよ」
「そうなのか?」
「はい。お酒と馬が好きだと言ってました。でも縛られたくない。『今度は自由に生きるのだ』と……酔った時はよく言ってましたね」
「そうか」
想像は出来る。
きっとこの異なる場所に来て、幻滅することを選ばずに自由に生きることを選んだのだろう。
自分と同じように見えると言うことは……本当に厄介な相手かも知れない。
「いつか会いたいものだな」
「そうですか? かなり酒癖が悪かったですよ……それと」
「ん?」
「自然と女性の尻に手を伸ばす癖のある人でした」
なるほど。それなら頷ける。
ミキは苦笑して、今度会ったらあの狼にどんな文句を言うのか考えた。
連れのレシアは見た目だけなら最高級品だからだ。
きっと彼女の尻を見たら……面倒臭いことになりそうだと感じた。
(C) 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます