其の弐
「お嬢ちゃん。凄く綺麗に踊るんだね~」
「えへへ」
「にしても……大丈夫か?」
「えへへ。えくしっ!」
勢い余って、頭から川に突っ込んだレシアの状況は『酷い』の一言だった。
川底に溜まっていた染料を頭から被り、上から下まで何色だか分からない状況になっている。
「こうまで汚れると……ちょっとやそっとじゃ落ちないよ?」
「ふぇえっ!」
あからさまに悲しむ彼女に、作業を終えて帰り支度をする女たちが色々と話し出す。
話好きなのか面倒見が良いのか……恰幅の良い中年の女がレシアを気にする。
「とりあえず洗って落とさないとね。あんちゃん。この子の連れかい?」
「ああ」
「村の中心に宿があるから、そこで湯を沸かして貰っとくれ。私らはこれ置いて来たら手を貸すから」
「そこまでして貰わなくても……何より勝手に転んで川に落ちたんですし」
「ミキ~」
「別にあんたがこのまんまでも構わないって言うなら良いよ? ただこの染料は早く洗って落とさないと、本当になかなか落ちないんだよ」
「そんなに?」
「ああ。この肘の所の汚れ……私が若くて綺麗だった頃に付いた物だけど、確り残ってるだろ?」
突き出された彼女の肘には、藍色の染みが確りと付いていた。
「ざっと二十年位前ですか?」
「十年前だよ! 失礼な子だね」
カラカラと小気味良い声で笑い『ほら急いで急いで』と尻を叩かれたので、二人は村の中へと入って行った。
「ミキ~」
「寄るな触るな近づくな。服はもう諦めろ」
「ぶみ~」
頭の先から染まっている彼女を見つけた子供たちが、指を向けて笑っている。
『気持ちは分かるがそっとしておいてやれ』と、ミキは心の中で呟く。
そうしないと、
「今笑ったのは誰ですかっ!」
「きゃ~! 逃げろ~!」
「待ちなさ~いっ!」
奇声を上げて逃げ出す子供と追う
精神年齢が近いのもあって間違いなくこうなる。
軽く息を吐き出し……彼は急いで宿屋へと向かった。
シャンシャンと沸騰する鍋の下に薪を放り込みながら、ミキは着替えを済ませて出て来た彼女を見て……何とも言えない生暖かい視線を向ける。
「えぐっ」
「泣くな。まあ確かにボロだけどな」
「でも……ひっくっ」
宿屋の女が事情を察して準備してくれた着替えは、ただのボロ布だった。
服を脱いでそのボロ布を身に纏っているだけの彼女の状況は中々酷い。
それでも唯一の救いは、服を着ていた部分の汚れは少ないことか。
「慰めにもならんな」
「何なんですかっ! そのため息はっ!」
手足はもとより顔なども酷い。
一番見える場所の汚れがとにかく酷い。
「ったく。何であそこで足の動きを変えたんだ?」
「……少し違った動きがしたくなって」
「結果として足がもつれて川へドボーンじゃ……自業自得だな」
「もう少し優しくしてくださいっ!」
「優しくしろと言われてもな……」
泣き出している彼女を前にミキも対応に困る。
ほとほと疲れ果てた頃……川で出合った女たちがやって来た。
「湯はどうだい?」
「これに」
「……あとは桶に水だね」
「分かった。それ以外は?」
「ん~。多少汚れが残っても文句を言わない度量の広さかね?」
カラカラと笑い女たちが縄を張って布を掛ける。
姿隠しを手早く作ると、手にしている植物を沸騰する鍋の中に放り込んだ。
「それは?」
「この地方に伝わる染料落としさ。ほら水」
「……」
突き出された木桶を受け取り、彼は井戸に水を汲みに行く。
戻って来ると……辺りに異様な臭いが広まっていた。
「ほら水。早くしないと熱いままでやるよ」
「はいはい」
威勢が良いと言うか遠慮が無いと言うか……女の指示に従ってミキは鍋を火から外してその中に水を入れた。
「あとは粘り気が出るまでかき混ぜて。そうそう。それをこう手に取って」
「にゃがぁ~! うぶ~」
問答無用で、女はレシアの顔面から洗い出した。
残りの女たちも粘り気のある液体を手にすると、彼女の腕や足をゴシゴシと擦る。
「いたたっ! いたっ! いたたたたっ!」
「我慢しなっ! 本当に落ちなくなるよっ!」
結構な力でゴシゴシと擦られているのが痛いのだろう。
全身を震わせて抵抗するレシアだったが、汚れが落ちないのは嫌なのかボロボロ泣きながらも我慢する。
「まああっちは良い。問題は……」
全裸姿で洗われている相手から視線を動かし、ちょこちょこと歩いて逃げようとしている混沌とした色合いの球体を捕まえる。
「くっ……くけ?」
「……漬けてみるか」
「くけ~っ!」
迷うこと無く鍋の中に放り込み、かき混ぜる際に使った棒で掻き混ぜる。
一度手にしてみたがあまり落ちてはいない。
「ぐ……げぇ」
「……毟るか」
「ぎょげぇ~!」
全力で逃げ出そうと激しく抵抗する球体をもう一度鍋に入れ、仕方なくミキはその羽根一つ一つを洗い続ける。
揉み洗いしたら意外と綺麗に落ちた。
「服は処分するとして……靴もダメか。ああ。これもあったな」
東部に居た時に蛇から貰った不思議な縄を手にして、とりあえず鍋に入れて洗ってみる。
スルスルと驚くほど汚れが取れて綺麗になった。
「汚れが残ってるのはお前だけだぞ?」
「はぅぅぅ!」
「まあ確りと洗って貰え」
「ミキの人でなし~!」
レシアの叫びは涙声だった。
(C) 甲斐八雲
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