北部編 弐章『良く染まる色』

其の壱

 北へ北へと進路を取り、二人は街道をのんびり歩きながら進む。


 本来の旅とはこう言う物だと思いつつ、ミキは背負っている荷物から水筒を取った。

 馬の膀胱などで作られたそれは……水を溜めておくには持って来いな道具だ。

 ただ少々中身の方が心許無い。


「レシア」

「はい?」

「どこかこの近くに水は無いか?」

「水ですか?」


 踊るような軽い足取りで前を行く旅の連れが、ピタッと動きを止めて目を凝らす。


「あっちにたぶんあります」

「本当にお前のその能力は無駄に優秀だよな?」

「ふっ……その言葉が悪口だってことぐらいいい加減分かってるんです! この~っ!」


 腕を振り回して突進して来た相手を交わし、ミキは急いで水源の方へと向かう。


「待て~!」


 両腕を振り上げ、レシアも迷うことなく追撃して来た。




「……この水は大丈夫か?」


 小川らしき物を発見し足を止めたミキは……その有様に内心引いた。


「水ですよね?」

「水なんだろ?」

「水なんですけど……」


 レシアの目からすれば普通の水だ。

 毒らしき物が染み出て混入している様子は無い。

 それなのに小川が紫色をしている。


 そっと手を伸ばして指を入れると……冷たい川の流れを感じた。

 間違いなく水だ。でも紫だ。


「もしかして……川底が染まっているのか?」

「ふぇ? そんなことあるんですか?」


 折れて転がっている木の枝を手にし、ミキは川底を突いてみる。

 動いた石の下からは多少の浸食も見られるが、普通の色をした石が見つかる。


 間違いない。川底が染まっている。


「ってことは……上流に人の住む集落があるな」

「本当ですか?」

「ああ。自然な物でこんなに染まるとは考え難いしな」


 なぜこうなっているのかはまだ分からないが、大方上流で染め物をしているに違いないと当たりを付ける。


「良し。とりあえずこのまま川に沿って上流を目指すぞ」

「そうするとあっちの丘っぽい方ですかね?」

「だろうな。川は高い所から低い所へ流れる物だしな」


 いくら異なる世界だとは言え、その辺りの元居た世界と大差は無い。

 水は上から下へ流れるし、日は東から昇って西に沈む。


 チャプチャプと川に手を入れているレシアを立たせ、ミキたちは川沿いを歩き出した。




「ミキ~」

「どうした?」

「あのですね~。ちょっと。ほんのちょっとだけ水浴びがしたいかなって」

「……たぶん川底を踏んだら色が移るぞ?」

「む~っ!」

「布を濡らして拭いてみろ。それなら手間がかからない」

「嫌です嫌です。浴びたいです~」


 駄々をこねだした。こうなると彼女は一歩も引かない。

 呆れつつため息一つ。


「なら浴びても良いが」

「本当ですか?」

「……まだ明るい時間にそんなことをして覗き見られても知らんぞ?」

「それはちょっと……」


 恥ずかしそうに身を竦ませたレシアは、甘えるように彼に擦り寄る。


 彼以外の人に異性に裸を見らるのは……正直嫌だ。彼にだったら見られてもそんなに嫌では無い。

 ただ不用意に触られると色々とムズムズするが。


「集落があれば隅にでも泊めさせて貰えるだろう。そうしたら日が沈んでから好きなだけ浴びろ」

「……日が沈んだら寒くなるじゃ無いですか?」

「それでも身を清めるのがシャーマンなんだろう?」

「む~」


 手首に巻かれている白い飾り布を触りながら、彼女は不機嫌そうな表情を見せる。


 旅を始めてだいぶ経った。

 その間ずっと巻いて来た飾り布も……あちらこちら汚れが目立ち、何より全体的に黄ばんで来た。


「ミキ」

「どうした?」

「この布をそろそろ替えたいです」

「白は汚れが目立つからな……お前の手持ちの布は?」

「どれもだいぶ汚れて来ちゃったんですよね。ミキもそうですよね?」

「そうだな。失敗したな……街を出る前にその辺のことを考えておくべきだった」

「もうミキ。確りして下さい」

「……お前もな」

「ふにゃ~ん」


 軽く振り下ろされた手刀を彼女は頭を抱えて逃げ出す。

 と、その足を止めて辺りを見渡した。


「どうした?」

「何でしょう? 音ですか?」

「……何も聞こえんぞ?」


 耳を澄ませてみるがミキの耳には届かない。

 だが耳に手を当てるレシアはその音を確実に拾っていた。


「たぶん歌です」

「シャーマンか?」

「違います。普通の人が歌ってます」


 好奇心をムクムクと膨らませた彼女が、クルクルと回り続けて音の鳴る方を見つけた。


「こっちです。さあミキ行きましょう」

「……川の上流だな」

「気にしたら負けです。さあさあ」


 彼の手を握りレシアは駆け出した。




「へ~」

「は~」


 ズンズンと川を上流へと突き進んできた結果、二人はようやく人の住む場所に出た。


「意外と大きいな」

「ですね」


 街と呼ぶには小さいが、村と呼ぶにはかなり立派な規模だ。

 マルトーロ特有の天幕建物では無く、丸太で作られた家々が並んでいる。

 こうのエルンシーズと呼ばれる国に近づいているせいかもしれない。


「歌です。ほらほら」

「ああ」


 川に入って作業している女たちが歌っている。

 それを見つけたレシアの興奮は止まらない。


 早々に諦めて、ミキは彼女の手綱を手放すことにした。




(C) 甲斐八雲

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