其の拾伍
「はわわわわ~」
「……」
いつもの様に露店で買った串肉を手渡そうとして軽く指先が触れただけで、彼女は顔を紅くして遠ざかる。
それでも確りと肉だけは掴んで遠ざかっているのだから凄い食い意地だ。
昨日から変にレシアとの距離が開いていた。まあ訳は聞くまでも無い。
今まで体験したことの無い強い刺激を知り、人に触れることが怖くなっているのだ。
それでも一日もすれば忘れていつも通りになるのは容易に想像出来る。
ただ久しぶりにぐっすり寝れた彼は、出来たら三日ぐらい続くことを願った。
「あまり遠くに行くなよ」
「……はい」
いつもの元気の良い食いっぷりはどこへやら、頭からチビチビと食べる彼女の様子が可愛らしい。その容姿は特級品なのだから、こうして静かにしていればお金持ちの娘に見えなくても無い。
金持ちの娘が背負い袋など背負ったりはしないが。
ちょこちょこちょこと近づいて来たレシアは、付かず離れずの距離をキープして大人しく後をついて来る。
二人が向かっているのは、街の外にある乗り合い馬車の乗り場だ。
ミキは次の街へ乗り合い馬車での移動を選択した。
街道を歩いて行っても良かったのだが、宿屋の店主に聞いた限りでは、この辺りは肉食の化け物が出ることもあり避けた方が良いと勧められた。
落ち着いて考えれば……二人で行動するよりも馬車の方が襲撃される場所も限定されるはずだ。ならば金に困ってもいないので馬車移動を選んだ。
街の中に入って来る人並みに気を付けながら外に出ると、アウハンガーからの隊商が訪れたばかりだから多くの馬車が集まっていた。
どれもこれもがこの街に人を乗せて来た臨時の馬車だ。
ミキは混乱回避の為に立ち番をしている兵士に声を掛けて乗る馬車を聞く。
皮の鎧、短い槍を持った若い兵士は対応に慣れているのか丁寧に教えてくれた。
「あれだな」
「ですね」
「……一緒に来い」
「は~い」
馬車の代金支払いなど普段なら連れて行かない相手だが、これぐらい人が多いと何があるか分からない。過激派と呼ばれる者たちがレシアに危害を加えると考えにくいが……手負いの獣は何をしでかすかなど分かった物では無い。
(なかなか厄介だな)
軽く頭を掻いてミキは御者に行き先を確認して代金を払った。
騒ぎになると面倒臭いからさっさと馬車に乗って一番奥へと入る。
縦長の馬車には縦長の椅子が壁際に二つずつ。全部で八人ぐらい乗れそうだ。
「う~。また馬車です」
「諦めろ。次の街に行けば、そこからは徒歩で行けるらしい」
「本当ですか?」
「ああ。ただ街道に何かしら出るらしいから……お前ならどうにかするか」
「はい。それにこの子も居ますしね」
「トカゲや虫には役立たずだったがな」
レシアの頭の上で七色の球体が怒った様子で羽を広げた。
そんな鳥をレシアは両手ですくい持つと、自分の膝の上に乗せてからかい始める。
うりうりと指先で球体を突いている彼女の様子を見ていると、後続の客が乗り込んで来た。
母親らしい女性と子供らしい女の子。姉妹らしい若い女性。老婆とその子供らしい娘。
何の嫌がらせかと思うが、入って来た客が全て女だったから仕方ない。
荷物を足元に置いてミキが一番奥へ、レジックを頭の上に戻したレシアがその隣に座る。
レシアの隣には女の子とその母親が座り、反対側には姉妹と老婆とその娘が座った。
すると馬車が動き出した。
しばらく進み混雑を抜けると、御者が振り返りミキを見た。
「お客さん」
「ん」
「済みません。一応街道は兵士たちが回って化け物共を退治しているんですが、何かあった時は頼んでも良いですかね?」
「危ないのか?」
「ほとんど無いんですがね。一応協力をお願いするのが一般的なんですよ」
「それなら構わんよ。ただ何かあったら代金をまけてくれ」
「あはは。それで良ければ」
会話を済ませると、レシアが隣の少女と話していた。
甘えたい盛りらしい少女と頭の上の球体のことで笑い合う。
と、レシアに全力で抱き付いた少女が……嫌な顔をして離れた。
「どうしましたか?」
「お姉ちゃん……臭い」
「うにょ~ん。そんなこと無いですよ。大丈夫です」
「獣臭い」
「……あれです。これです。悪いのはこれです」
頭上の球体を掴んでブンブンと振り回す。
その様子がなかなか滑稽で、馬車の中には一気に笑いが広まる。
ミキは苦笑染みた笑みを浮かべて馬車の外を見つめているだけだった。
「お姉さま」
「なに?」
「宜しいのでしょうか? あの様な人の雄に巫女様を預けて」
まだ幼さが残る見習いに、女性はクスッと笑いながらその目を向ける。
一族の次期長である女性の視線を受けた少女は、自然とその身を竦ませた。
相手が放つ圧倒的な気配に本能が屈してしまったのだ。
「これが答えよ」
「えっ?」
「彼は私の気配を常に受けながらも決して怯えないわ」
「……」
「神経が図太いのか、それとも私以上の圧倒的な存在の気配を常に受けていたことがあるのか」
クスクスと笑う女性は、長老である老婆たちが心底悔しがっていた訳を理解した。
「彼の親が来ていたら、この大陸の勢力図はガラッと変わっていたでしょうね」
「そうなのですか?」
「ええ。でもそれが良いことかどうかは私にも分からないわ」
「……」
「強すぎる力は薬にも毒にもなるのよ。西の国がそうでしょ?」
「……はい」
女性は移動する馬車を見つめて本来の姿へと戻る。
『さあ追うわよ。彼女たちもこれ以上は進めないから……仕掛けるなら今夜のはずよ』
『はい』
(C) 甲斐八雲
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