其の拾肆
「うっにゃ~ん」
「余りはしゃぐなよ」
「は~い」
これでもかと輝かんばかりの笑みを浮かべたレシアが、姿隠しの布の向こうへ消える。
奮発した宿屋には湯船が無かったが、有料でタライの様な大きな木桶が借りられた。そこに半分ほどお湯を満たして簡易的なお風呂を作ると、綺麗好きなレシアの表情が綻んで止まらない。
肌を晒すことを気にもしない性格だから、ミキの居る前で服を脱いで早速突撃して行った。
やれやれと肩を竦めて脱ぎ散らかった彼女の衣服を集めると、纏めて部屋の隅に置かれている木桶に突っ込む。あとで洗って干しておけば翌日には乾いているはずだ。
と、
「洗い物なんて男の仕事では無いでしょう?」
「連れがあれだぞ?」
「……不思議ね。どんな言葉よりも納得したわ」
部屋の隅……ちょっとした陰から彼女は姿を現した。
「なあ?」
「なに?」
「流石にそこから出て来るのは、凄い速さでとかじゃ説明出来ない気がするんだが?」
「ええ。そうね」
フワッと歩く女性はいつも通りの全裸だ。
流石にランプが灯されている室内では、その豊満な裸体がはっきりと見える。
「で、どんな力だ?」
「簡単よ。貴方の連れも使っているでしょ?」
「……シャーマンの御業か」
「クスクス」
笑うことで返事とする。
どうやら本来なら教えられないことだったらしいとミキは理解した。
そして相手に秘密すら打ち明けられるほど好かれていることを知った。
「余り遊ぶなよ。レシアが拗ねる」
「ここに来るまで大変だったものね」
「狩りをしながら見てたのか?」
「ええ。一応彼女に何かあると大変だから」
大トカゲの一件は別として、それ以降隊商が襲われなかったのは彼女らのお蔭らしい。
「虫は食わんだろうに」
「狩って投げ捨てるわよ。これでも私たちは食べ物を選ぶの」
「男は選ばんみたいだがな」
「あら? 私は選ぶわよ?」
「そうかい」
話しながら荷物を解いて整理を始める。
適当に背負い袋に荷物を押し込んでいたレシアの寝間着を探す。
そんな彼の背中を勝手に横になったベッドの上から見ながら……女性は口を開いた。
「ねえ?」
「ん」
「貴方……私とつがいにならない」
「無理だな。で、無理と分かってて何故聞く?」
「そうね。その背中が気に入ったから」
「冗談は服を着てから言え」
「本気なんだけど……」
フワッとベッドから立ち上がり軽く背伸びをする。
「私たちの一族には男性が居ないの。生まれる子供は全て女の子」
「相手はどうしてる?」
「この世界どこに行っても半分は男性よ。だから気に入った相手と交わって子を作るの」
「自由気ままだな」
「そうね。でもそっちの方が楽よ……少なくとも私たちはそう思って生きているわ」
「そうだな」
クスクスと笑った女性はそのままミキに背を向けると、姿隠しの向こうへと消えた。
盗み聞きしていたレシアは完全に不意打ちを食らい、彼女の襲撃を受けた。
「ミキッ! たすけっ」
「は~い。静かにね」
「もぐぐぐぐ」
彼女がレシアに害をなさないと確信しているミキは一瞬動きを止めたが、また荷物整理に戻る。
たぶん全身を隈なく洗っているはずだが……レシアの声が艶めかしく聞こえるのは気のせいだろうか?
元来野生動物は綺麗好きだ。特に狼は綺麗好きで知られている。
本能と好奇心が彼女を突き動かして、木桶の中に居る"巫女"をこれでもかと磨き上げた。
それこそ手と舌を使って徹底的に隅から隅まで全身隈なくだ。
荷物の整理を終えたミキは、『はにゃ~ん』と声を発して静かになった方を見た。
顔を艶々にさせた女性が出て来て目が合った。
「……何をしてた?」
「磨き上げて綺麗にしたのよ。だって彼女は私たちの"大切な人"だから」
「そうか」
腕に残っている水滴を舐め取り、彼女はミキの傍までやって来る。
「お祖母ちゃんたちも頑張ったんだけど……三人ほど逃げたみたい」
「狩るならちゃんと狩れよな」
「残りが身を犠牲にして時間稼ぎをされるとね」
「で、それを言いに来たってことは?」
「ええ。私たちは狩らないわ」
「やれやれだな」
「それぐらいどうにか出来ない人には"あの子"は預けられないと長老たちがね」
「また年寄りの無理難題か」
「そう言わないでよ。数少ない高等な御業を使うシャーマンの人たちなんだから」
「そうか」
身を屈めて耳元で囁いていた彼女は、そっと顔の位置を動かしミキの頬に唇を当てる。
「でも意外だったわ」
「何が?」
「ずっと一緒に居てまだ手も出してないなんて……もしかして女性相手だと興奮しないの?」
「男相手に興奮したことは無いな。殺し合い以外でだが」
「ふ~ん」
と、彼女の手が動いた。
ガシッと掴むそれを見て、ミキは冷めた視線を相手に向ける。
「ちゃんと機能はしてるのね。安心したわ」
「だが気にするな。お前相手に使う予定はない」
「あら? この魅力的な体を好き勝手に出来るのよ?」
「どう考えても高くつく。そろそろ手を離せ」
「擦っても応じないなんてどんな精神してるのかしら?」
やれやれと肩を竦めて女性は離れる。
「まあ頑張って。残りの三人も手負いだからそんな無茶は出来ないはずよ。無理はするでしょうけどね」
「ああ」
クスクスと笑い声を残し、薄く開いたドアから彼女は消えた。
どうやらこの部屋に入る時に一緒に入って来たと考えるのが正解らしい。
大きく息を吐いたミキは立ち上がり、姿隠しの布の向こうを覗く。
「レシア? 見るのが俺だけだからって、もう少し慎ましさを覚えた方が良いぞ?」
木桶の中で大の字になって全てを晒して果てている少女にそう告げる。
ただ……恐ろしいほどに綺麗に洗われていた。
(C) 甲斐八雲
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