其の参拾壱

 蛇足気味のエピローグっぽい感じです。

 たぶん日本での過去の話はこれで終わりかな?


 ~ ~ ~ ~ ~


「どいつもこいつも馬鹿者ばかりだ……全く」


 真新しい墓石を見つめ、彼は込み上がって来る感情を精神で押さえつける。


 僅かな期間で喪った者が余りにも多すぎた。

 その誰もが自分より年若く先のある者ばかりだからやり場が無い。


 これ以上墓石を見つめていても辛いだけだ。


「屋敷に戻る」

「はい。義父殿」


 彼の傍で控えているのは、新しく宮本家を継いだ者だ。


「九郎太郎よ」

「はい」

「城に顔を出したら儂はまた旅に出る」

「はっ」

「そしてしばらくはここには戻らん。もしかすると二度と来んかもしれん」

「はっ……はぁ?」


 不安げな戸惑った目を向けて来る若者から逃れるように彼は歩く。

 追い駆けるように立ち上がった若者は、急ぎ足で義父を追う。


「義父殿! もう来ないとはどのような意味で?」

「言葉の通りだ」

「それは何故でしょうか?」

「分からんか?」


 足を止めて振り返った彼には、表情が無くなっていた。

 しいて言うならば、無だ。


 感情を精神力で封じ込めた彼の様子に……若者は完全に気圧され、自分の死すら感じた。

 剣豪、宮本武蔵の本当の恐ろしさを垣間見たのだ。


 睨むのとは違う恐ろしく冷たい視線に、全身から冷や汗を垂らす若者の怯え切った様子に気づき……武蔵はその目を外した。


「この場所は儂にとっては思い出すには辛い記憶が多くなった」

「……」

「九郎太郎よ。儂はな……この地で初めて家族と言う物を得た。武士の誇りより神の教えに従事た者。話の分かる若き友。何度叩いても起き上がって来る馬鹿息子。この儂に面と向かって文句を言う息子の嫁に、真面目で考え過ぎるが真っ直ぐな剣を振るう弟子などな」


 息を吐いてガリガリと頭を掻く。


「楽しいと思っていた。ここに来るのを楽しみにしていた。でもな……儂をそう思わせる者たちは皆先に逝ってしまう。この手で戦い追いやった者すら居る」

「追いやった者ですか?」

「ああ。お前は聞いたことは無いか? 巌流小次郎がんりゅう こじろうとの果し合いを」

「ええ。兄上やお弟子様たちから色々と」

「三木之助からはよく聞く話を、弟子たちは口が重く詳しい話は聞けなかっただろう?」

「えっあっはい」

「三木之助が言っていた世間的に広まっている話は弟子の一人が作った嘘だ」

「嘘? 嘘にございますか!」


 つい声を荒げた若者は、必死に口を押えて辺りを見渡した。

 場所が場所であり、何より家族の墓を見舞うのだという理由で、彼の弟子はこの場には居ない。

 居るのは武蔵と九郎太郎の二人だけだ。


 鼻で笑った武蔵は、腕を組み言葉を続ける。


「あの日船島で果し合いをしたのは事実。儂が木刀で戦ったのも事実よ」

「何が嘘なのでしょうか?」

「小次郎を殺したのは儂では無い。隠れて様子を見ていた弟子共だ」

「えっ?」

「馬鹿者共が言うには、『気絶していた彼奴が息を吹き返し儂を襲おうとしていたので突いた』と言っているが……事実は違う。儂は傷つき座り込んでいた彼奴と話をしていたのだ」

「話とは?」

「潔く負けを認めて余生を過ごせとな」


 その言葉は剣で生きる者からすればこの上ない屈辱的な言葉であった。

 兄ほどでは無いとしても剣に生きている弟の九郎太郎からしても受け入れることの出来ない暴言だ。


「その様な言葉を応じるとは」

「ああ応じないさ。でもな? 自分の親父……祖父ほど年の離れた相手を打ち殺して何の自慢になる?」

「っ!」

「巌流小次郎は年老いた老人だったのだよ。それも南蛮の教えを受けた……な」


 九郎太郎も聞いたことぐらいはあった。

『南蛮伝来の教えではデウスとか申す者の教えがあり、神仏の様に崇められている』と。

 その教えを受けた者が、巌流小次郎だとは知らなかったが。


「彼奴は何でも教えの都合、腹を斬ることが出来ないから儂に首を刎ねよと申した。でも儂は彼奴の剣を気に入ってしまった。だから斬りたくは無かった。それを察した彼奴は地面に転がっていた獲物を掴み振り上げた……後は説明した通りだ」


 弟子たちに突かれて殺されたのだろう。

 どこか気落ちしている様にすら見える義父に、九郎太郎は恐る恐る口を開いた。


「何故、その話を自分に?」

「……ここに来る時に船島を見て思い出しただけよ。深い意味など無い」


 確かに意味などは無かった。

 だが誰かに真実を告げたくなることもある。それが今だっただけのことだ。


 武蔵は口元に皮肉染みた笑みを浮かべると、止めていた足を動かしだした。


「儂はこれより旅に出る。東に行くか西に行くかは分からんが、お前も宮本家を継いだ者として恥ずかしくない立派な働きをせよ」

「はっはい」

「案ずるな。何かあれば儂はこの地に来るさ」


 早歩きで先を急ぐ彼はふと足を止めて振り返った。

 友の墓が、息子の墓が、弟子の墓が……その場には確かに存在していた。

 ただ一人を除いて。


「九郎太郎よ」

「はっ」

「……幸の墓はどうなった?」

「その身は実家が引き取られまして、たぶん先祖伝来の場所に埋められるものかと」

「何故聞いておかぬ。この馬鹿者が」

「申し訳ありません」


 地面に伏して土下座する若者の様子を見て、武蔵は思わざるを得なかった。

『このままでは宮本の家が滅んでしまう』と。


「立ち去る前に幸にも手を合わせて行きたい。場所を聞いて来い」

「はいっ」



 後に宮本武蔵は新しく伊織いおりと申す若者を養子とし、宮本家を継がせる。

 そして三木之助の後を受け、二代目三木之助となった九郎太郎の血筋は、孫の代で断絶したと言われている。




~あとがき~


 これにて漆章の終わりとなり、東部編の終了です。


 いつもながらに予定より文量が増え、バトルシーンが少なくなる不思議。

 そろそろ強敵を出したいのですが……現状ミキが強すぎて誰もが噛ませ犬状態。

 ただ北部編では早々にミキが負けますけどね。まあ相手が……ですけど。


 北部編スタートの前に一話だけ閑話を挟みます。

 本編に関わる大切な過去のお話です。

 ある意味それがスタートだったのかもしれないお話です。




(C) 甲斐八雲

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