其の弐拾

「ん~。……む~」

「なに難しい顔をしてるんだ?」

「ミキ~。あの子が見当たらないんです」

「あの子?」

「はい。いつも頭の上に乗ってるから気にして無かったのですが」


 言われて見れば、彼女の頭の上を定位置にしている七色の球体が居ない。

 指摘されるまで全く気づかないほど、どこか彼女の装飾の一部とでも思っていたぐらいだ。


「腹でも空かせて、その辺を彷徨ってるんじゃないのか?」

「ん~。あの子は私が食べる物しか口にしないんですよね」


 首を傾げて店内を見渡すレシアは、とりあえず椅子の裏などを覗き込む。


「そもそもあれって珍しい物だから盗まれたか?」

「盗みですか?」


 開店前の掃除をしていたヒナも気になったのか、仕事の手を止めて話に加わって来た。


「ああ。いつもレシアの頭の上に丸いのが居ただろう?」

「はい? ……あ~。そう言えばたまにテーブルの上で転がして遊んでましたね」

「遊んでたんじゃなくて勝手に動き回っていたんだがな」

「そうだったんですか?」

「あれでも一応生き物だ」

「……そうだったんですか?」


 言われてヒナは良く良く思い出す。

 確かに七色の不思議な毛色をした……七色?


「ミキさん」

「ん?」


 テーブルの下を覗き込むレシアの服が捲れ、太ももや下着まで曝す様子に軽く相手の後頭部を叩いてからミキは振り返った。


「あれって七色でしたよね?」

「七色だな」

「それって絶滅した国鳥……レジックの特徴に」

「ああ。レジックだ」

「……はい?」

「だからあれがレジックだ。ここに来る前に大群と出会って、なぜかあの一匹だけレシアに懐いて付いて来た」

「付いて来たって……幻の鳥ですよ!」

「見つかって無いだけだろ? たくさん居たぞ」

「たくさん居たって……」


 豪胆なのかその価値を分かっていないのか、ミキは全く動じる気配が無い。

 やはりレシアと一緒に居れるのは普通の人では無理なのだと理解し、ヒナは疲れた様子で息を吐いた。


「見つけたら報酬は思いのまま……と言われている鳥を、そんなぞんざいに扱える人たちが凄いと思います」


 ピタリとミキとレシアの動きが止まった。

 ゆっくりと顔を向けて来た二人の様子にヒナは軽い恐怖を覚えた。


「思いのままなのか?」

「お肉食べ放題?」

「……はい」


 また頭を叩かれて床に伸びるレシアを無視して、ヒナは自分が知る知識を口にする。


「レジックを見つけ王都に届けた者には、シュンルーツから高額の報奨金が支払われます。現在は連れて来た者の言い値で買い取るとも言われていますが、国鳥を絶滅から救おうと始めた一環らしいです」

「だが始めた頃には絶滅していたと?」

「はい。でも絶滅して無かったんですよね?」

「まあな。ただ野生のあれを捕まえるなんて出来るのか?」

「出来ますよ~。あの子たちは好奇心旺盛で怖いもの知らずだから罠でも仕掛けておけば」

「本当にお前によく似た鳥だよな」

「今のは絶対に悪口です!」

「そうだな。レジックに対して失礼か」

「追い打ちがさらに酷過ぎます!」


 ジタバタと両手両足で床を叩いて彼女悔しさを体現する。

 その様子に仕事の途中だったことを思い出したヒナは箒を構えた。


「あれもついでに外に掃き出しておいてくれ」

「箒が折れそうなのでちょっと……」

「酷いです! 二人して私をゴミ扱いです!」


 にゃにゃにゃと不思議な声を発して暴れていたレシアが、ピタッとその動きを止めた。

 床に耳を当ててから、体のバネで一気に起き上がる。


「お母さんの足音です」

「はっ?」

「だからヒナさんのお母さんの足音がしました」

「……お前の無駄な能力をたまに垣間見る度に、俺は天を恨みたくなるんだがな?」

「ヒナさん。今のはどっちですか?」

「たぶん褒めているかと……」

「なら良いです」


 抱き付いて来た埃まみれの彼女を遠ざけようと両手で押さえるミキは、尋ねるタイミングを失い困った様子のヒナを目にしてそれに気づく。

 今、彼女は何と言った?


「ヒナの母親が来ているのか?」

「はい。えっと……ほら」


 掛け声と同時に一人の女性が飛び込んで来た。

 額からは大粒の汗を流す様に落とし、肩で大きく息をする女性……その姿を見た瞬間、ヒナが心底驚いた様子で息を詰まらせた。


「ヒナ……」

「お母さん。どうしてここに?」

「……」


 普段集落を決して出ない母親がここに来たことに驚いた。

 彼女は人前に出ることを極度に嫌う。自分が生まれた頃に何かあったらしいのだが、ヒナはその理由を知らずに育って来た。


 辺りを見渡したヒナの母親……セヒーは、ミキを見るやその目を瞠った。


「貴方がレシアさんのお連れの人ですね」

「ああ」


 呼吸を整え背筋を伸ばし面と向かって声を掛けて来る女性に……ミキは何とも言えない気配を感じた。

 普通の農民には見えない気品さを感じ取ったのだ。


「強いとお聞きしてます」

「それなりには」

「ならお願いしたいことが……」


 軽く息を吸いセヒーはゆっくりと言葉を紡いだ。


「私の夫を止めて頂きたい。あの人にもう人を殺させたくないのです」


 ヒナがヒッと息を飲んだ。

 何も知らない状態で今の母親の言葉に心底驚いた様子だ。


 そっと抱き付いて来るレシアの頭を軽く撫で、ミキはやる気の無さそうな目を向けた。


「俺は高いぞ?」


 わざとらしく告げて、彼はニヤリと笑った。




(C) 甲斐八雲

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