其の拾伍
「ん~っ!」
「おねーちゃんが起きた」
「おきた」
「ふにゃ? にゃ~っ!」
薄い布切れ一枚の様な敷物の上で寝ていたレシアは、体を起こすと同時に小さな子供の体当たりを食らってまた床へと体を倒した。
「おねーちゃんあそぼ」
「あそぼ」
「にゃ~ん。まず退いてください」
「もうツルギにハナ。お客さんに失礼でしょ!」
「「え~」」
小さな不満を胸の上に乗せているレシアは、ジタバタとその手足を振るう。
流石に二人は重かった。
朝食の準備をしていたヒナは、急いで駆け寄ると幼い弟妹を引き剥がす。
「大丈夫ですか?」
「……ん~。普段からミキに飛びつくのも考え物ですね」
「あの人なら大丈夫ですよ」
「ですね」
もう一度ムクッと起き上がったレシアは、家の外に顔を出して自分の服を見た。
何色か合わない色があったが、今日は替えの布も無いので我慢する。
「天気なら晴れてますよ?」
「違います。今日の色を確認したんです」
「色ですか?」
逃げ出した弟とは違い『遊ばせろ』と言わんばかりに暴れている妹を押さえつけ、朝食の支度をするヒナと話しながら、レシアは彼女が掻き混ぜている鍋の中を見る。
クズ野菜と僅かな肉のスープだ。勿論パンなどの贅沢品は無い。
無い物を強請るのは彼に知られたら物凄く怒られるのが想像出来たので、レシアは我が儘を封印する。
それに奴隷になる前はこんな食事が普段食だったからむしろ懐かしさすら覚える。
「こんな物しか無いですけど」
「十分です。昔の私は、葉っぱと小魚のスープとかでしたから」
「小魚ですか」
「はい。少しだけ塩っぽい味に変わるんですよ」
「そうですか」
貧乏自慢をしても寂しくなるだけなので、ヒナはその話題から遠ざかることにした。
「ところで色って何ですか?」
「はい。えっと……ミキにも何度か説明してるんですけど、見えませんか? こう目にキラキラといろんな色が?」
「色ですか?」
「色です。私の目にはいろんな色がキラキラと見えるんです。でもそれは日によって違うので、だから私はその日その日によって身に付ける色を変えます」
「はあ」
呆れた様子のため息が自然とヒナの口からこぼれた。
確かに彼女の独特な衣服は、普段から色彩が鮮やかで不思議と見てて違和感が無かった。
何種類服を持っているのだろうと何度か考えたこともあったが、布を変えていると云う事は毎朝服を作っていると云う事だ。
「器用なんですね」
「ん~。でも裁縫だけです。あとは全然」
ヒナの手を逃れた妹がレシアの足に抱き付き甘える。
「もうハナ」
「べ~」
「ハナ?」
「や~ん。おねーたんがおこった」
レシアの背後に隠れた少女はその背中から顔を出してまた舌を出す。
生意気な行為ばかり覚えて実行したがる年頃なのか、会う度に妹の態度が目に付く。
「ダメですよ。おねーちゃんにそんなことしちゃ」
「でも~」
「ミキに見られたら……お尻を……」
言ってて何かを思い出したのかレシアは顔色を悪くすると、何故か両手で自分の尻を触って震えだした。
「ミキさんは礼儀とか煩いですからね」
「煩いなんてモノじゃ無いです。私がちょっとベッドから転がり落ちて寝てると怒るし、食べ過ぎたら怒るし、好き勝手に出歩いたら怒るし……」
「うふふ」
「ふえ?」
指折り数える彼女の様子を見てヒナはつい我慢出来なくなって笑っていた。
「ごめんなさい。レシアさんが余りに大切にされているのが分かるものだから、つい」
「大切ですか?」
「はい。ミキさんは本当にレシアさんのことを大切にしているし思っているんですね」
「……」
口を噤んで考え込んだレシアは、ジワジワとその頬を紅くして……頭を抱えて床に伏せた。
「何ですかね! 物凄く顔が熱くなりました!」
「うふふ」
額を床に叩きつけて何かを堪える彼女の様子に、ヒナはついつい笑ってしまう。
その姿が本当に可愛らしいのだ。
妹がその動作を真似ているのは多少心配になったが。
「良いですね。レシアさんは好きな人と毎日一緒に居れて」
「ふえ? ヒナさんも結婚するんだから」
「ええ。でもあの人は行商人なので、普段はここから王都を行き来してます」
「そうなんですか」
近々結婚するとは聞いていたが、相手のことは全く聞いていなかった。
「北部から入って来る雑貨などを買い付けて王都に卸しているんです。稼ぎは少ないですが、確実に売れる商品なので安定した収入を得ています」
「そっか~」
「まあミキさんの様に強くて格好の良い人では無いですし、口数も少ない人ですけど……でも誠実で良い人なんです」
「口数が少ないのは羨ましいです。ミキはガミガミと煩いのです」
「そうですか? レシアさんが居ない時のミキさんは凄く静かですよ?」
「……む~」
自分の知らない彼のことを聞かされて、レシアは何とも言えない感情に襲われた。
床を転がりジタバタと手足を振るう。それを真似する妹の身をヒナは案じた。
「おやおや。朝から騒々しい」
「おはようございます」
「おはよう」
ヒナたちの母親であるセヒーが何やら大きな荷物を抱えて入って来た。
その後ろをついて回っているのは、姉の怒りを察して早々に家を抜け出した弟だ。
「何ですかそれ?」
「これかい?」
床に置かれた物は、硬いトゲトゲとした木の実の様に見えた。
「夫が教えてくれた木の実だよ。この棘を外すと中には美味しい実が詰まっているんだ」
(C) 甲斐八雲
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