其の拾肆

「本当に出来るのか?」

「ああ。俺は西部の闘技場でちょっとは名の知れた戦士だった」

「本当か?」

「ならその辺の部下でも斬って腕を見せようか」


 座って居た椅子から立ち上がり、男は腰に吊るしている剣に手を掛ける。

 まさかそんな事態になるとは思わず、野次馬をしていた男たちは一気に縮み上がった。


 強面の男たちが集まっているせいで盗賊やらと勘違いされるが、基本は街の中の治安に目を配らせる兵士的な存在だ。

 元々は農村などの次男三男など食い扶持を減らすために家を出た者たちだらけだ。


 基本戦いだってろくにやったことの無い者が大半だ。


「どうする? 何人斬れば腕を認める?」

「斬らなくても良い。部下が減るからな」

「それもそうだな」


 剣に乗せていた手を放し、男はまた椅子に座った。

 予定通り周りに居る男たちは格好だけで実戦経験などほとんどないことが分かった。

 これなら自分の言葉で十分に支配し操ることが出来るはずだ。


 部下たちの身を案じ余計な被害が飛ばない様に部屋から出て行くよう指示する相手が落ち着くのを待って、男は改めて口を開いた。


「なら本題だ。まずお前たちが外の奴らと勢力争いをしていると聞いた」

「ああ」

「その辺のことを聞きたい。なぜ勢力争いを?」

「……この街がシュンルーツに所属しているってことにはなっている。だがあの国は元々内向的で王都からある一定の距離に存在する街にしか兵を置かない」

「ああ」

「この街は元々隊商の中継地として栄えてきた歴史がある。ここに住まう人たちが開墾から始めて街を作ったんだ。なのにあの国は求めるだけで何もしない。何もしてないのに税金ばかり年々増やして来る」

「まあ栄えている以上仕方は無い」


 男は深く頷き相手を見る。


 盗賊の親分にしか見えない男……自警団の一つを仕切るブクンと中年の男性だ。

 髭を蓄えたその風貌は歴戦の雄をたる貫録を見せる。


 ブクンはその表情を渋い物にして机の上で手の指を組んだ。


「街の蓄えだけをむしり取る王都に俺たちは対抗することになった。別に戦争をしようなんて気はない。ただこっちの意見を言って交渉する者が必要だと」

「……」

「今までこの街を仕切って来たのは商売をする者たちから選ばれた三人と、後は俺と」

「街の外に居る自警団か?」


 静かに頷く相手に男はようやく話しの本筋を見た。

 何てことは無い。本当にただの勢力争いだ。


「商人どもは仕事がある以上この街を離れることを嫌う。だから俺たちのどちらかに交渉役を任せたいと言っている」

「それで最初は話し合ったのだろう?」

「ああ」

「でも決裂したと」

「ああ」


 渋い表情でブクンは頷いた。


 どちらも自警団を率いる者としてどちらか片方の下に付くことを良しとしなかったのだ。

 その様子をニヤニヤと笑い眺めながら、男は最も簡単な答えを出した。


「ならその男を殺せば良い」

「ころっ」

「殺してお前が両方の自警団を統べれば一件落着だ」

「だが」


 グイッと男はブクンに顔を近づけ正面から睨みつけた。


「人の上に立つ男って言うのは、多少なりにその手を汚すものだ。綺麗ごとだけで生きられないんだよ」

「……」

「それに直接手を汚す必要も無い」

「手を汚さないだと?」


 相手の誘いに乗ってブクンは身を乗り出して来た。


「この街にも腕の立つ者が一人や二人いるだろう? そいつの大切な者が外の奴らに何かされたら……きっと腹を立てて騒ぎになる。自警団の者が住民と争いを起こすなんてもってのほかだ。そこを俺たちが乗り込んで制圧する。まあ運悪くあっちの大将が亡くなったりするがな」

「……」


 その申し出にブクンは顔色を悪くして俯く。


 こんな場所で自警団を率いる身になっているが、元々は隊商の護衛でしかなかった。

 死に物狂いで化け物と戦う日々が嫌になり『闘技場あがりの解放奴隷だ』と身分を偽ってこの街の自警団に加わった。


 ただそれだけの男なのだ。


「覚悟を決めろよ。たった一回無茶をすればこの街の実権はお前の手の中に転がり込んで来る。そうすればどんなことでも思いのままだ」

「どんなこと?」

「ああ。王都と交渉して税率を下げるかこのままかで維持する。でも街には『少し上がる替わりにこれ以上増えない』という取り決めで決着したと報告するんだ」

「……」

「毎年納税の時期になれば差額の金はお前の懐に入って来る。どうだ? 酒も女も求めるだけ手に入れられる環境だ。悪く無いだろ?」


 男の言葉が頭の奥底を刺激する。

 欲望を揺す振られるほど辛い誘惑は無い。


 何より自警団と言っても得られる報酬は僅かだ。爪に火を点すような生活を強いられてきた彼からすれば、好きなだけ酒が飲める。好きなだけ女が抱けると言う誘惑は魅力的過ぎた。

 実際遊んだツケで生じた借金もあって生活はかなり窮している。


 何度も生唾を飲み込むブクンの様子を見て男は確信した。この男はもう堕ちていると。


「それにお前が実権を握れば、まだ金を得る方法なんて山の様にある」

「……本当か?」

「ああ。俺は腕だけじゃ無くてこの頭でも高い評価を得ていたんだ。任せろ」

「……」


 あとは承諾の言葉を得るだけだと……男はニヤニヤとした笑みを浮かべていた。


 こうなれば自分が描いた作戦はほぼ完成した様な物だ。

 ブクンが実権を握る寸前に、悲しい出来事が起きる。外の自警団に所属していた男に殺されるのだ。そして自分が後を継いで街の実権を掌握する。

 完璧な計画だ。これなら失敗するはずが無い。


 男は実権を握った後のことに思いを馳せてニヤニヤと笑い続けた。




(C) 甲斐八雲

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