其の拾弐

「ん? それだったらあっちに居る親方にでも聞いてくれ」

「ああ」


 声を掛けた男に教わり、ミキは戦場かと思うほど騒がしく慌ただしい中を歩いていた。


 北部と東部を行き来し商品を取り扱っている一大馬車群。

 馬車の商人たちは荷解きをする時間も与えて貰えず、仕入れに来ている別の商人たちと取引を開始している。


 買う方も仕入れたい商品を求めて右へ左へと目まぐるしく動き回る。

 足を止めて走る商人に道を譲りながら、ミキは何とはなしに息をついた。


 これが彼らの商売であり真剣試合なのはよく理解出来る。どの商人もその目は必死だ。

 邪魔をして余計な恨みを買うのも面白くは無いと理解し、急いで教えられた人物を探して回る。


「だから! 今日明日は売りで、明後日からが買いなんだよ! お前駆け出しの素人か? 馬の小便で顔でも洗って出直して来い!」

「はっはいっ!」


 年若い商人が初老の男性に怒鳴り飛ばされて駆け足で逃げて行く。

『ったく最近の奴は……』と愚痴をこぼす相手がたぶんそうだろうと目星をつけ、ミキは真っ直ぐ相手に向かった。


「失礼」

「あん?」

「北部へ行く護衛の仕事を得たいのだが」

「……若いな」

「ああ。十七だ」

「年齢で噛みつかない所を見ると少しは使えそうだな」


 ふんっと鼻で笑い彼は顎をしゃくって付いて来るように促す。


 前を行く老人は見た目の齢よりも幾分若いのか、その歩きは確りとしていて頼もしい。

 何より体格が良い。異様に肩の筋肉が盛り上がって見えるのは、荷物を扱う者の特徴かもしれない。


 牽く。持ち上げる。抱え上げる。などなど……荷を扱う者は本当に体を酷使する。

 それもあって彼らの体は誰もが立派で筋肉質なのだ。


 親方と呼ばれる地位であっても自ら荷を扱っているのであろう相手の様子に、ミキは信を置ける相手かも知れないとあたりを付けた。


「ご覧の通り今日明日は仕入れて来た商品の販売。明後日以降は仕入れる商品の購入で馬車の回りは慌ただしい状況になっちまう」

「いつもこうなのか?」

「ああ。北部からの商品を仕入れられるルートは少ないからな。儲けは多い。だから中央草原を抜けて北部に向かうなんて無茶をするんだ」


 人込みから離れ店の軒先に勝手に座り込んだ彼は、懐から黄緑色の葉っぱを取り出す。

 それを一枚口の中に放り込んでくちゃくちゃとかみ砕いた。


「珍しいな。噛み煙草か?」

「ほう? これを知ってるとはなかなかの通だな」

「闘技場に来る客の中にいつもそれをくちゃくちゃしているのが居て、不思議に思って聞いてみたんだ」

「何だ? お前は闘技場の出か?」

「ああ。逃亡奴隷の類じゃ無いから問題は無い」

「賭けで儲けたって感じにも見えんな? 顔は良いし……どこぞの金持ちのご婦人でも垂らし込んだか?」


 下品な笑みを浮かべ、彼は自分の股間の前で何かを掴んだ格好で腰を振る。

 からかわれているのだと理解し、ミキは軽く肩を竦めた。


「そっちじゃなくて……憎たらしい酔っ払いの金持ちの男を後ろから殴って落っこちた金を拾ったんだよ」

「ははっ! その齢でそれだけ言えれば上等だ」


 口の中の葉っぱを吐き出し、親方が右手を差し出して来た。


「俺はガゼフ。この馬車隊の運営を預かっている……まあ雑用係の親分だ」

「俺はミキ。護衛として入るが、暇を持て余すのが嫌いだから何かあったら声を掛けて欲しい。元々雑用係だったからな」

「言ったな? 俺は容赦しないぜ?」

「構わんよ。ただし出発してからにしてくれ」

「ちっ」


 気づいたかと言わんばかりに彼はミキの肩を叩いて来た。

 護衛の仕事は馬車が街を出てから目的地の街に入るまでが基本的な雇用期間となる。つまり動き出す前から雑用をするのはただのお人好しでしかない。


「お前……一人か?」

「いや。連れが居る」

「……女か?」

「ああ」

「けっ! こっちとら早く仕事を片付けて飲みに遊びに行きたいって言うのに……」

「俺に当たるな。親方をしてれば稼ぎも良いんだろ? 女を買えば良い」

「……言っとくが北部に行くのは本気で危ない仕事だ。最近は西部の方で広く人を集めているとかで、闘技場上がりの男共が買った女を連れて護衛に申し込んで来るが、使えるのはほんの少しだ。下手したら男が死んで女が途方に暮れるなんてことが多い。中央草原に居るのは人じゃ無くて化け物や巨大昆虫だ。舐めてかかると食われて死ぬぞ?」


 脅しか本音か……睨んで来た相手にミキは軽く肩を竦める。


「そうらしいな。まあグリラ以上に面倒臭い化け物が出て来なければ問題無い」

「……あれをやったのか?」

「立ち寄った村でちょっとな」

「殺したか?」

「ああ」


 ガゼフは立ち上がると笑ってミキの肩をバンバンと叩く。

 全力かと思うほどの相手の力に、流石のミキも踏ん張って堪えた。


「これだけ叩いて傾きもしないなら本物だろうな。まあ良い。これで倒れでもするなら連れの女はその辺の商人にでも売ることを勧めたぞ」

「止めてくれ。あれはあれで気に入っている」

「そうか。それで連れは?」

「あ~」


 その言葉にミキの目が泳いだ。


「たぶんその辺をうろうろしているはずだ」

「大丈夫か? 旅終わりで血の気の多い男共が女を求めている状態だぞ?」

「そっちに関しては何一つ不安は無い。不安があるのは別の意味でだ」

「はあ?」


 彼の訝しむ視線に、ミキはため息で答えるのが精一杯だった。




(C) 甲斐八雲

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