其の拾参

 時は戻る。



「これを買えば良いのか?」

「そうです」

「別に構わんが……」


 言われるがままに彼は、露店で売られていた最高級品の焼き菓子を買った。

 食堂を出て戻って来た彼女に手を引かれ連れて来られた店がここだった。そして強請られた物は……店で売っている一番おいしいお菓子だ。

 支払いを済ませると、ミキは品物を彼女に渡した。


 ここ最近毎晩の様に店で踊っている彼女の収入のお蔭で、その程度の出費など痛くも痒くもない。何より彼女が働いて得たチップなのだから彼女が持てば良いと思いそのことを告げたが、レシアが言うには『あれです。夫婦の財布は一つが良いと教えられました』と言って全てを押し付けて来る。

 たぶん管理するのが面倒臭いという部分もあるのだろうが、一つの物を共有することが彼女的にはたまらない喜びらしい。


 お菓子を胸に抱いてクルクル踊る彼女の様子に、ミキは根本的な疑問を口にした。


「で、それをどうするんだ?」

「はい。ヒナさんが実家に帰るそうなので」

「ああ」

「……このお菓子を弟さんや妹さんにあげるのはいけないことですか?」


 ピタッと動きを止めてこちらを覗き込んで来た彼女は、どこか間違いを犯していないか不安そうな表情を見せていた。


 ミキはクスッと笑ってグリグリと彼女の頭を撫でた。


「お前も少しは成長するんだな」

「……今の言葉は絶対に悪口です!」

「褒め言葉だぞ?」

「…………本当ですか?」


 ポンポンと頭を撫でてミキは彼女を促して店へと戻った。




「ヒナさん」

「はいっ?」

「これ」

「はいっ?」


 突然手渡された物を目にし……困ったヒナは助けを求める様に保護者に目を向けた。

 尻尾でも生えていれば全力で振り回していそうなレシアの姿に軽く笑っていたミキは、向けられた視線に応えた。


「実家に帰るんだろう?」

「はい」

「弟妹に食べて欲しいって買ったんだよ。だから持って行ってくれ」

「でも……」

「頼むよ。そいつがそんな気遣いが出来るようになって俺としては嬉しいんだ」

「……だから絶対に悪口言ってますよね?」

「褒め言葉だぞ」

「……む~」


 どうも納得出来ない様子のレシアは、彼に食って掛かっている。

 その様子を見てヒナは、本当に善意なのだと理解した。


「なら頂きますね。きっとあの子たちも喜ぶだろうから」

「そうしてくれ」


 ポカポカと胸を叩いて来るレシアを相手しながら彼がそう返事を寄こす。


 良い人たちと出会えたことに感謝しつつ……心の奥に居座る気持ちを押さえつけた。


「ならわたしはこれで」

「気をつけてな」

「はい」


 軽く手を振って寄こし、彼女は店を出て行った。


 その姿を見送ったミキとレシアは、完全に暇を持て余す状況になった。


 食堂の方は臨時で雇い入れた人たちで十分に回るので問題は無い。

 だからこそヒナが休みを貰えるのだ。


 普段定位置にしているテーブルへと来たミキは、店の入り口を見つめて首を傾げている彼女に目を向けた。


「どうしたレシア?」

「ん~」

「?」


 体ごと横に傾げて行くレシアは、しばらくしてぴょんと体を起こした。


「決めました」

「何を?」

「私ちょっと行ってきます」

「どこに?」

「あれです。ヒナさんの家です」

「はぁ?」

「ちゃんと行き先を伝えました。約束は守りましたよね? 行ってきます」

「おいレシア」


 クルッと店の外に向かい走り出した彼女の姿が二歩で消えた。

 シャーマンの力を使って追い駆けて行くのならそうそう問題は起こさないはずだ。


 しばらく悩んだミキだったが、完全に出遅れた格好となった時点で追い駆けるのは無理だと判断した。

 まあ何かと確りしているヒナが傍に居れば無茶なことはしないだろうと、ミキは自分に言い聞かせた。




 時はまた戻る。



「暇だったから付いて来ました」

「だからって……」


 畑からの帰り道、すっかり懐かれたヒナの弟と妹と手を繋いで歩くレシアの姿に……ヒナは腹の底からため息を吐き出した。


 悪い人では無いことは付き合いで理解している。

 ただ怖いぐらいに自由奔放すぎる立ち振る舞いが怖いのだ。

 何をしでかすか分からないから……本当に怖くて逃げだしたくなる。


「レシアさんでしたよね? 余りおもてなしは出来ないですが」

「大丈夫ですよ。こう見えても貧乏生活が長かったので問題無いです」

「自慢にならないですよ。それ」


 良く良く考えるとヒナは相手のことを詳しくは知らない。


 ミキさんの恋人以上の存在らしいが、夫婦には見えない。

 普段は食べて寝て踊っていることの多い彼女だが、その存在は本当に謎だ。

 何より真面目な彼と不真面目な彼女との接点が全く見いだせない。


「レシアさん?」

「は~い」

「レシアさんってミキさんとどうやって出会ったんですか?」

「ん~。闘技場です」

「はい?」


 弟と妹の手を母親に預け、レシアはヒナの隣へ移動して来た。


「私は身売りされて奴隷になりました。それで連れて行かれた先で奴隷をしていたミキと出会ったんです」

「……」

「私が色々とあれしちゃって、ミキが戦って勝ってお金持ちになって、それで二人で旅に出たんです」

「……」


 ざっくりとした説明の割には内容はヒナの想像を超えていた。


「奴隷だったんですか?」

「はい」

「……」


 貧しい生活をしてきてもヒナはそこまで生活に窮して来なかった。

 今は確かに辛いが、両親はそれでも弟や妹を手放そうとはしない。


「そうかい。色々と大変だったんだね」


 と、前を行く母親がそう声を掛けて来た。


「いえ。私はミキに良くして貰ってるので大変じゃ無いです」

「良い人なんだね。その人は」

「はい。とっても」

「そうかい」


 ゆっくりと振り返った母親の表情を見て、ヒナはドキッとした。

 優しく微笑む彼女はどこか慈愛に満ちていた。


「私の夫も本当に良い人なのよ。今はただ……道を見失ってしまっているだけなのよ」


 そう呟いた彼女は、握っていた子供の手を放して自分の右肩を触れた。




(C) 甲斐八雲

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