其の拾肆

「お姉ちゃんは、どうして、お母さんって、呼ばれたいの?」

「ん~。私はミキとの子供が欲しいんです」

「子供?」

「はい。ミキとずっと一緒に居たいから、子供が欲しいんです」

「そうなんだ」

「でもでもずっと出来なくて……」


 しょんぼりした声にカロンは前に老婆から聞いた話を思い出した。


 確かあれは……


「旦那さんが、頑張らないと、ダメって聞いた」

「そうなんですか?」

「うん。旦那さんが、頑張る家は、子だくさんって」


 カロンにはその言葉の意味は良く分からないが、少なくとも相手は自分より年上の女性だ。この話を聞けば多少なり自分の経験から何かを導き出すことだろう。


 だがレシアは未経験の女性だった。まだその純潔は保たれたままの生娘だ。

 カロンから得た言葉を自分の経験から推理し頑張って絞り出した答えは……もっと頑張ってキスするしかないという結論だった。


「今夜からまた頑張ります」

「相手にも、頑張って、貰わないと」

「ですね。ミキにも頑張って貰います」


 俄然やる気を得た様子の彼女に、カロンは何故だか嬉しくなって微笑みかけていた。

 自分をこんなにも癒してくれる人が喜んでくれるのが本当に嬉しい。出来たらこのまま笑っていて欲しいとそう思ってしまう。


「大丈夫ですか?」

「うん。段々と楽になって来た」

「それは良かったです」


 レシアの手が背中のある部分を優しく撫でる。そこは今しがた痛みを感じた場所だった。

 何と無く思っていたことがようやく答えを導き出した。相手が撫でてくれるその手が、不思議とこちらの辛い部分に合致しているのだ。

 痛くなる前、痛み出して直ぐに、その手が添えられて撫でてくれる。


「お姉ちゃん」

「はい?」

「……わたしの、痛い場所、分かるの?」

「何となくですけどね。うっすらとその部分だけ、空気が歪むんです」

「空気?」

「はい。私はシャーマンで……シャーマンって知ってますか?」


 フルフルと少女の顔が左右に震える。


「シャーマンは自然に愛された者が、特別に力を得るのです。そしてシャーマンとなって自然を愛するのです」

「お姉ちゃんも?」

「そうですよ。私はこれでも力の強いシャーマンなんです。だから普通の人には見えない物がこの目には見えるのです」


 優しく相手の頭を撫でつつ、ちょっと誇らしげにレシアは胸を張った。


 印象は大切だと何かで言われた気がする。今ならこの少女は自分のことを"凄いシャーマン"だと認識してくれるはずだ。彼の様に生温かな目は向けて来ないはずだ。


 カロンはその目を向けて来た。


「だから普通と、違うんですね」

「どうしてそんなに視線が生温かなんですか~!」


 ギュッと少女を抱きしめて八つ当たり気味で軽く体を揺する。

 レシアの胸に挟まれ、上手く呼吸が出来なくなったカロンが空気を求めて顔を仰け反らせる。


 その動きに偶然レシアの顔がカロンの唇の前に来た。

 軽く頬に触れた感触に……レシアの動きがピタッと止まった。


「ごめんなさい」

「大丈夫です。苦しかったですか?」

「体じゃ無くて呼吸が」


 解放されてジッと彼女の胸を見つめたカロンは、今味わった感触を思い出して何故か無性に腹立たしくなった。


「それと胸が痛いです」

「はにゃ~ん。ごめんなさい。大丈夫ですか!」

「苦しいです。無駄に」


 ギュッとまた抱き付いて来た彼女の胸に挟まれ、カロンは内臓の足らない腹の……その底から声を出していた。


 しばらく抱きしめられ、その行為自体は嫌な気持ちにはならないので、カロンは胸の感触だけを無視して相手の優しさに甘え続けた。

 気持ちが良くなって来て体の中の痛みや苦しさがどんどん薄れて行く。


「お姉ちゃんの手が気持ち良いです」

「これですか? 痛い部分に手を当てることを"手当て"と言うらしいです。ただ手を当てるだけでも痛みは減るんだと……お爺さんが教えてくれました」

「そうですか」


 確かに彼女の手は触れているだけで特別な力など宿っているような気配はない。

 それでも苦しさや痛さが軽減されるのだから凄い。


「お姉ちゃん」

「何ですか?」

「もっとお話を聞かせて下さい」

「良いですよ。なら私が村を出てミキに出会った話なんてどうですか?」

「お願いします」

「なら目を閉じて呼吸を整えて聞いてくださいね」

「はい」


 少し不安げな少女の声に、レシアはクスクスと笑い相手の耳元に口を寄せた。


「大丈夫ですよ。もし寝てしまっても、このまま抱きしめて居てあげますから」

「うん」

「それに……ちゃんと私が起こしてあげますから、心配無用です」

「本当に?」

「はい。起こしますから……眠くなったらちゃんと寝て下さいね」

「うん」


 暖かな相手の腕の中で素直に頷き返したカロンは、自分の意志で彼女の胸に顔を預けると……その目を閉じて耳を澄ませた。


「なら私がまず住んでいた村に居られなくなった話からですね」

「……やっぱりお姉ちゃんは問題児なの?」

「どうして"やっぱり"って言葉が最初に付くんですか!」


 キンキンと声を発して騒ぐ相手に見えない場所でクスクスと笑い、カロンは自分の咳が止まっていることにようやく気付いた。


(ありがとう。お姉ちゃん)




(C) 甲斐八雲

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