其の拾伍

 借りた道具置き場の中を物色していたら釣り道具が出て来た。

 余り使われた様子は無いが、確認してみればまだ十分使えそうだ。


 ミキは釣竿と木桶を手に持って村の中を歩きだした。

 レシアがやる気を出してカロンの面倒を見ると言っていたから……まあたぶん大丈夫だろうと、何度も心の中で念を押しながら、軽い足取りで辺りの様子を見る。


 部外者である彼に対して向けられる視線の大半は訝しむような物ばかりだ。

 そんな物を気にしていたら旅など出来ない。軽く会釈して愛想だけは振りまいておく。


 見た限りでは男たちは狩りに行っているのか、残っているのは女子供ばかりだ。


 女たちは家の前で獣の皮を広げて手入れなどをしながら家事に勤しんでいる。

 子供たちは簡単な雑務をしながら、遊びに行く機会を伺っている。


 穏やかで良い村だと思う。活気があまり感じられないのは、獲物が少ないせいだろうか?


 干されている皮の数が圧倒的に少ない気がする。

 グリラの被害が多いと聞いてはいるが、それでも腐らず狩りをしているのだから逞しい。


 ミキはそれを見かけて相手の元へと駆け寄った。


「落としましたよ」

「あら? 済まないね」

「いいえ」


 野菜を抱えていた中年女性が人懐っこい笑顔を向けて来た。

 彼女が落とした野菜を籠の上へと置いて、ミキは好機と見て相手と会話をしながら歩き出した。


「へ~。レジックを探しに」

「ええ。ただ何処に居るのか当てもなく困っています」

「まあね。この村に住む私ですら羽根しか見たこと無いしね。獣を追ってる男衆たちが見るらしいから、見たいなら狩りに同行するのが一番かね」


 なかなか話好きの女性らしく軽く言葉を伝えるだけで倍になって返って来る。

 普段なら御免被る相手だが、会話を集めたい時などは大変に助かる。


「で、アンタは何処に宿を借りてるんだい? この村には宿屋なんて無いしね」

「ディッグと言う狩人です」

「……本当かい?」

「ええ」


 相手の態度が硬化した。やはり彼が嫌われているのは筋金入りらしい。


「本人も言ってましたが、『村人に嫌われている』とか。でも彼がどれほど嫌われていても屋根のある建物を借りられたので、俺としては構わない話ですね」

「まあ確かに……旅人のアンタには関係ない話だね」


 苦笑いを見せて女性は自宅らしき建物の前で止まった。

 折角の相手なのでミキは、会話を続けながら彼女の仕事を手伝う。


「何故彼は村人たちから嫌われているんですか?」

「……難しい話なんだよ。きっとよそ者のアンタからすれば些細なことだろうけどね」


 根菜を洗いながら女性はため息交じりで言葉を続けた。


「彼が若い頃……本当に優秀な狩人で人望もあった。村の娘たちはこぞって嫁になりたいと願ったもんさ。でも彼が村長になってから天災が続いた。大雨や地揺れなんかもあってこの村も酷いことになった。今にして思えば、彼が頑張ったからこの村は存続できたのだろうけどね」

「誰かが騒いだんですね」

「その通りだよ。最初は小さな火種だったのに……それは一気に広まった。何よりディッグが優秀だったのが悪かったんだね。嫉妬ほど醜い物は無いよ」


 当時の男たちは少なからず彼を意識していた。その結果が嫉妬となった訳だ。


 何となく手に取るように解る言葉にミキは内心苦笑いをする。

 自分とて、出来る男を義父とした身だ。嫉妬の一つや二つしたこともある。


「彼は村長の地位を譲りただの狩人に戻った。ただディックが村長を辞める前ぐらいからかね……この村の近くでグリラが出て、彼は兄や親戚を殺されたんだよ。彼はそれ以降、グリラを狩るのを本職としているんだ」

「そのせいで村人から嫌われていると?」

「難しい話だね。彼がグリラを狩ることでグリラが人を襲うと言う者も居るし、彼が間引きをしているからこの村はまだ襲われ壊滅していないと言う者も居る。だがこの村の男衆は全員彼に対して負い目があるんだよ」

「村長の地位を奪ったこと?」

「まあね。だから仮に正しいことをしていたとしてもそれを褒めることが出来ない。彼は"嫌われて"村長の地位を失った訳だからね」


 苦笑いを見せる女性は『男の見栄ほど厄介な物は無いよ』と呟いて捨てた。


 確かにそうなのだろう。地位を奪った者が、身を粉にして村を救う活動を続けているのだ。

 その事実がどれ程嫉妬の余り卑劣な行為をした者たちの心を苛むことか。


 それからしばらく他愛もない会話をして、ミキは野菜と麦を分けて貰った。


「釣りに行くのは良いけど、ここの魚は警戒心が強いからなかなか釣れないよ」

「それだと普段はどうやって?」

「基本は流れに沿って罠を仕掛けるんだ。でも採れるのは運任せでね。子供たちが遊び半分でやってるようなもんさ」

「それが分かっただけでも助かったよ」


 別れの挨拶を済ませてミキは川へと向かう。


 釣りは好きでは無いが、たぶん釣れる自信はあった。

 精神修行だと義父に釣竿を渡され、『籠いっぱいに釣るまで帰って来るな』と言われたことがある。

 川と城とを往復して……着替えを持って来る幸に何度馬鹿にされたか分からない。

 三日で籠いっぱいにした時は、もう二度と釣りなどしないと心に誓った物だ。


 それが懐かしく思えて釣竿を手に川へと向かっている。

 自分の中で、前のことを"昔"と意識できるようになってきているのだろう。

 懐かしく思うほどに。




(C) 甲斐八雲

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