其の拾壱
「ミキミキ?」
「ん」
「難しい顔をしてどうしたんですか?」
「考え事をしてただけだよ」
「そうやって眉間に皺を寄せるのは良くないですよ」
そっと手を伸ばして来たレシアが、彼の眉間を優しくほぐす。
地面に寝っ転がっていたミキはそれを受けながら、今一度頭の中で情報を整理した。
女たちから集められた話は、彼の予想を裏付ける材料となった。
つまりガギン峠には化け物達が居て、それを操っているのはシャーマンなのだ。
当初の目的通りことを進めるのなら、化け物達を解放すれば万事うまく収まる。
問題は……
「ラーニャか」
「誰ですか?」
「これを渡す相手だよ」
「宝石ですか?」
「そうだろうな」
彼の手から掠め取った赤い石を、レシアは天にかざして見つめている。
その手の物に興味があるとは思わなかったが……彼女とて年頃の女の子だと言うことを思い出した。
「お前も欲しいのか?」
「ん~。欲しいと聞かれるとそうでも無いです。私の場合、踊る都合……この手の宝飾は邪魔になります」
確かに動きの激しい彼女の踊りでは、その言葉にも頷ける。
なら手足や首などでは無い場所に付けることを考えるしかない。
見飽きたのかレシアは赤い石をミキに手渡した。
「それでそのラーニャさんにそれを渡せば良いんですか?」
「まあな」
「どこに居るんですか?」
「ガギン峠」
「……何をしているんですか?」
「どうやらそこで化け物たちを操っているらしい」
『んん?』と首を傾げてレシアはしばらく黙った。
「分かりましたミキ。その人がシャーマンなのですね」
「はい正解。良く出来ました」
「あぁ……最近ミキに褒めて貰ってばかりで私も嬉しいです」
本当に嬉しそうに目を弓にして彼女は笑う。
怒っていても反発ばかりするので、褒めて煽てる方法に切り替えたとは流石に言えない。
相手が幸せそうなのだから黙って居るのが優しさだろう。
懐に赤い石をしまい、ミキはそっと頭を上げた。
迷うことなくレシアが頭の下に足を差し込み、膝枕をしてくれる。
機嫌が良いと、彼女は何処までも優しくて寛容になるのだ。
「そのラーニャと言う人をどうにかすれば、ガギン峠の化け物は全て森へと連れて来れるんだよな?」
「ん~。あの楽器の音色からすれば、私が御業を使えば全て連れて来れると思います」
現に小屋の周りを護衛していた化け物達は、レシアによって無力化されて友達になっている。
それは相手のシャーマンより優れている証拠だろう。
「問題はどうやってガギン峠に出向いてそのラーニャとやらに会うかだな」
「会わないとダメなんですか?」
「言伝を頼まれてる」
「言伝?」
「ほらいつかの街道から外れた所で死んでいた男にさ」
「そんなこともありましたね。あの時の人に頼まれたんですか?」
「そうだ」
「……結構長々と律儀に探してたんですね」
「命がけの頼みだからな。叶えてやりたいと思うのが人だろ?」
と、レシアが彼の顔を覗き込んで来た。
澄んだ笑顔をその顔に浮かべて、嬉しそうに唇を動かす。
「ミキのそういう優しい所……私は好きです」
「気まぐれだよ」
「もう照れて。ミキは素直じゃありません」
スッと顔を動かしキスしたレシアは、笑顔を彼に向け続ける。
直視するにはこちらが恥ずかしさを覚えるので、ミキは目を閉じて眠る振りをした。
「ミキ」
「ん」
「水場に行ってた女の人たちが戻って来ます。これからどうするんですか?」
「連れ歩くには危ない場所だからな……それも頭を悩ませている問題の一つだよ」
「ならこの小屋に居て貰いましょう。あの子たちに見張って貰う様にお願いします」
「それしか無いか。問題は彼女たちがそれを受け入れてくれるかどうかだな」
「平気ですよ。あの人たちからはミキに対する信頼が見て取れます」
「知らないうちに女にモテたな。イタタタ」
突然抓まれ、ねじられた耳にミキは目を見開いた。
「ミ~キ~。そんなことを言うと怒りますよ」
「怒ってから言うなよ」
「だってミキがそんなことを言うから」
「冗談だよ。今の俺はお前一人で十分だ」
「本当ですか?」
「ああ。騒がしくて忙しくて……これ以上厄介事が増えたら心身共に疲れ果てちまう」
「ミキ? 本当にそう思って言ってるなら流石の私も泣きますよ?」
「冗談だよ」
クスクスと笑う彼に、怒ったレシアは……戻って来た女たちにハッキリと見える様にキスしている姿をさらした。
フッと息を吐いて、ミキは腰に差している打刀を抜いた。
右手一本で構え息を殺して耳を澄ませる。
ゆっくりと目を閉じて相手の息遣いを確認する。
ヒュッと空気を裂く音が聞こえ、ミキは反射的に刀を振るう。
跳んで来ていた石を叩き落とし次の攻撃を待つ。
足を発せず移動する相手は本当に恐ろしい。
不意に飛んで来た石を叩き落して、次に
「いてっ」
「大丈夫ですか?」
額に手を当ててミキは目を開けた。
無音で傍に来ていたレシアが心配そうに覗き込んでいる。
「……二個投げたのか」
「はい」
「……それは想定して無かったな」
「ダメですか?」
「いやたまに混ぜてくれ。そっちの方が鍛錬になる」
「は~い」
トンっと地面を蹴って彼女は離れる。
ミキは改めて刀を構えた。
最近は十手ばかりだったから刀の感覚を取り戻したかったのだ。
準備は万全なほど良いのだから。
(C) 甲斐八雲
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