其の拾
「んー!」
「へっへっへ……悪いな。こんな場所にずっと居るから溜まってるんだよ」
「んー! んー!」
猿ぐつわを噛ませられ後ろ手に縛られている女性は、近づいて来る相手を見つめ必死に声を発していた。音にしかならないその声に……近くに居る自分同様に拘束されている女たちが視線を逸らす。
恐怖からか口を固く閉じて声を発する気配すら無い。
分かっている。周りの者たちの気持ちを。
自分とてここに連れて来られてから同じことをした来たのだ。
ガギン峠を通りかかり、襲われ囚われ拘束された。
それから男たちは広い場所へと引き摺られて行き、次から次へと首を跳ねられて行った。
残された自分たちは荷馬車に押し込められて森の中の小さな小屋へと運ばれた。
少ない食料を家畜の餌の様に地面に撒かれ……それを獣のように食うことで生きながらえて来た。
自分たちが生かされて居る理由は、男たちの相手をする慰め者としての役目の為だ。
抱かれて弄ばれて……それからどうなるのかは知らない。
小屋から連れて行かれた女は誰一人として戻って来ないのだから。
「大丈夫。サクッとやって終わりにするからよ」
「んー!」
ただ今日は様子が違う。この小屋の見張りをしている男が、性欲のはけ口を求めて勝手に行っている行為だろう。
普段なら猿ぐつわをした時点で引き摺られて小屋の外へと連れて行かれるのだから。
だが彼女はまだ小屋の中だ。
ただ襲われようとしているのみだ。
ズボンを降ろして近づいて来た男は荒い息を吐き出しながら、女の股間に手を伸ばし下着を掴んだ。
「んー!」
「黙ってろよ。すぐ終わるから」
「そうだな。俺の方も直ぐに済ませる」
「あっ?」
ゴトッと斬り捨てられた男の頭が女の足元に転がった。
誰もが恐怖し声を発することが出来ない。
だが見張りの男を斬り捨てた者は……入り口に向かい声を掛けた。
「レシア? 周りに人間は?」
「居ないです。この小屋の中にしか人は居ないです」
「見張り一人とは不用心だな。それほど人手が足らないのかもしれないが」
刀の血を拭い鞘に戻したミキは、事切れている男の後ろ襟を掴んで小屋の外へと引き摺った。
「ミキ?」
「軽く踊ってやってくれ。頭は今持って来る」
「最近ミキのせいで踊りが簡素化して来てます」
「そのうち全力で踊らせてやるよ」
呆然と女たちに見つめられたまま、ミキは転がっている頭部を布で包み……表の体に結び付けた。
「レシア。友達に頼んでこれを遠くまで投げて貰ってくれ」
「はーい」
「俺は小屋の中で話を聞いて来る。もし誰かこっちに来るのが分かったら教えてくれ」
早速巨人の元へ向かった少女から目を離し、彼は小屋の中へと戻った。
全員の視線が恐怖に震え怯え切った物だ。
これは少々厄介だな……と内心で頭を抱えつつも、とりあえず一番手近に居る女性の猿ぐつわを外した。
「殺さないで下さい。何でもしますから」
「……済まないな。人を殺す場を見せて。怖がらせる気は無かったんだがやり方が悪かった」
投擲用のナイフを取り出して後ろ手に縛っている縄も斬る。
拘束を解かれた女性は、自由になった自分の両手を呆然と見つめる。
「全員の縄を解くのを手伝って貰えるか?」
「……はい」
「ただし皆に言う。外には化け物が居る。飛び出すと命の保証は出来ない。それは理解して欲しい」
一人一人の目を見て念を押し、ミキは女性の拘束を解いていった。
合計8人の女性。年の頃は自分と余り変わらない。
つまりそう言う為に集められ生かされているのだろう。
いつの世も飢えた男に与える餌に変わりは無いようだ。
拘束を解き終わると、軽い足取りでレシアが入って来た。
「ミキミキ」
「どうした?」
「とりあえず大きい子以外は辺りの様子を見て貰ってます。それと出来たら水を汲んで来てと言ったけど」
「この辺は水源が少ないで有名なんだよな」
「でも木々が茂るには水が必要です。きっとどこかに湧き水とかあると思うので、鼻の利く子が見つけてくれると信じましょう」
「お前のその前向きな所は本当に感心するよ」
「へへへ。ミキに褒められました」
余程嬉しかったのか、レシアは踊りながら外へと出て行った。
それを呆れながら見送るミキは、女たちが狐に抓まれた様な表情を見せていることに気づいた。
「どうした?」
「外には化け物たちが……」
「ああ。大丈夫だ。アイツは"友達"だから襲われない」
「……もしかしてシャーマンですか?」
「その通りだ。で、俺はちょっとした訳ありでガギン峠に居るであろう化け物たちに用事がある。何か知っていることがあるなら教えてくれ」
「……助けて貰えますか?」
「約束しよう。ここから逃がしてやる。ただし後の人生まで保証してやれんから、これからの生き方は自分たちで考えて貰うしかないけどな」
自分が救える者の数を理解しているだけに、ミキははっきりとそう告げた。
命だけは助けてやるとも聞こえる発言だが……それがこの世界の一般的な物だ。
人の命など意外と安いのだから。
「まあ悪いようにはしないよ。最悪近くの街までは連れて行けると思う。でも出来るのは本当にそこまでだ。済まないな」
自分の限界を知っているし、命の安さを知っているからこそ……ミキは少々甘くなる。
直さなければと思うのだが、今尚上手く行かないのが現状だった。
(C) 甲斐八雲
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