其の陸

「本当に何の問題も無く街に入れたな」

「そうだな」


 兵の確認を受けたが、それはいつも通りの物だった。


 商人協会に所属している商人が率いている商隊であるか?

 扱っている商品は国によって違法指定されていない物であるか?


 ただ一応、護衛が持っている以外に大量の武器が無いか確認を受けた。

 ミキが持っている武器は、打刀と脇差。十手が二本と投擲用のナイフが二本のみ。多いと言えば多いが……鎧を着こんでいない分だけ重さは苦にならない。

 普通の護衛は鉄の鎧を着こんだりして武器を持つ。だがそれは速度が主体のミキには適さない。故に軽装なのだ。


 レシアも手荷物の確認を受けたが……全く何一つ問題無く終わった。


 クックマンの商隊は問題無く街中へと入り、商人協会に挨拶をして宿屋へ向かう。

 部下たちなどは安宿へ行き、商品である"女"たちは護衛が交代で見張る。

 それでも奴隷商売用の荷馬車置き場となっている所には、女の背丈では越えられない高さの木製の冊が作られている。おかげで馬車から解放されて狭い範囲だが地面の上を歩いたり出来るのだ。

 ここ最近移動に次ぐ移動だったので、クックマンの部下も護衛も女たちも……本当に安どの表情を浮かべていた。




「協会の方で少しだが話が聞けた」

「何だって?」

「ああ。独立派はこの街を放棄したのは間違いないみたいだ。その理由が分からなくて協会の人間を首を捻っていたよ」


 宿屋の食堂で夕飯を待っていたミキに、クックマンはそう切り出し会話を続ける。


「独立派はイットーンを中心に両国の兵を迎え撃つ気だ」

「それとガギンか」

「ガギンの方は何の情報は無かったな」


 椅子に座り酒を注文したクックマンは、テーブルの上に存在している果物に手を伸ばした。

 街に入ってからろくに飲み食いしていなかったのだろう。果実を抓む手の動きが早い。


「確認された訳じゃないが、イットーンの方には千にも満たない兵が居るらしい」

「まあそんなもんだろうな。ガギンと合わせて二千も居ないだろう」


 届いたワインを受け取り、クックマンはグラスを一つミキに向ける。

 グラスを受け取り注がれたワインを軽く口を付ける。


「ブライドンはどれほどの兵を集めて来ると思う?」

「最低でも数千。闘技場の戦士や護衛などをしている者も含めて……それくらいの兵を集めるだろう」

「ほぼ全兵力か?」

「ああ。それでイットーンを落として占領したいだろうからな」

「一番の貧乏くじはハインハルか?」

「あそこの国王は仕事をしていない。それがしっぺ返しになって戻って来ただけだ」


 娯楽に飢えて国家運営を蔑ろにしているハインハル国王の話は有名だ。

 国を支える民の言葉に耳を傾けない者に対してミキは同情などする気すら起きない。


 と、二階から転がる様にレシアが下りて来た。


「ミキ!」

「騒ぐな」

「これを解いてください。寝ている間に酷いです!」


 解けていた服の布をガッチリ縛ったせいで、レシアは自分の服によって拘束されている状態だった。

 それでも荷馬車から背負って運び宿屋のベッドの上に投げ捨てておいても……彼女は今までぐっすりと寝ていたのだ。


 確かに昨夜は少々夜更かしをした。


 レシアの足を揉んでいたら、彼女は『私もミキを揉みたいです』と言い出して、かなり遅くまで腕や足などを揉んでくれたのだ。それから揉みつかれた相手の腕や足を揉んでやり……気づけば随分と遅くまで起きることとなった。


 借りているランプの油代も馬鹿にはならない。最近少々贅沢をし過ぎている。


「ミキ! 聞いてるんですか!」

「もう少し確りと縫わないから解けるんだ」

「でもでも」

「こっちに来い」


 素直に歩いて来た少女が身に付けている布に触れて、縛り目を解いて行く。

 他の者に少女の肌を見られないように気を付けながら……解いた布を適当に纏める。


「これで良いか?」

「はい」


 ペコリと一礼してレシアはまた二階へと駆けて行った。


「本当に慌ただしい女だな」

「見てて飽きないから楽しいだろう?」

「そう言うお前も大概だな」


 苦笑してクックマンはワインを煽った。




「ミキ」

「ん」

「ガギン峠と言う場所に行くんですか?」

「ああ」


 夕飯の時にクックマンと交わしていた会話を聞いていたのだろう。

 レシアはベッドの上に横たわっている彼の胸に頭を預け……ミキの顔を見ていた。


「危ない場所なんですか?」

「ああ。ハインハルかブライドンの兵が来れば戦になるだろうな」

「でも行くんですか?」

「行くよ」

「どうしてですか?」


 そっと手を伸ばして相手の頭を撫でる。


「一つ目の巨人の仲間を取り戻すんだろう?」

「……その峠に居るんですか?」

「ああ。イットーンだと目立つからガギンの方に居るはずだ」

「だから行くんですか?」

「約束したんだろう? あの巨人に」


 コクっと頷いて……彼の胸に自分の頬を押し付ける。


「なら行ってやるしかないだろう」

「良いんですか?」

「シャーマンは嘘を嫌うんだろう?」

「……はい」

「なら行こう。それにもう一つ用がある」


 小袋に収められたそれは、ベッドの脇に置かれている台の上にある。

 預かった言葉と共に届けないといけない。

 正直難しい話だけど……普通に味わえない出来事は必ず経験となるはずだ。




(C) 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る