其の伍

 木々の間に身を潜め、彼はジッとそれを見つめていた。

 かの街には明確な入り口が無い。それでも馬車が通る場所はおのずと決まっている。


 様子を見る限り……数人の兵が立ち、入って来る馬車の荷物を確認していた。

 商人らしき男と話す兵は普段通りにも見える。


「ミキ~」

「ん」

「あっちの方は誰も居ませんでしたよ」

「そうか。ならそっちに行くか」


 普段通り歩いて来て合流したレシアと共にミキも歩き出す。

 シャーマンの技術とは言え、兵の横を普通に歩いて来るのだから凄い。

 彼女を先行させて……ミキも出来るだけ普通を装って進む。


 馬車が通らない場所は兵など居ない。

 巡回などはしているだろうが、圧倒的に数が足らないのかもしれない。

 二人は難なくアーチッンの街中へと入り込んだ。




「何も変わらないですね」

「そうだな」


 最近見て回ったばかりの街並みを二人で歩く。

 街に住む人たちは前の時と変わらず普通に暮らして居る。


 本当に国から独立した街なのだろうか?


 そう思ってしまうほど何の変化が見られない。


「どこかで話を聞いた方が良いな」

「そうですね。……どこで聞くんですか?」

「食堂辺りが良いだろうな」

「ご飯ですね。早く行きましょう」

「……まあ良いか」


 手を握り先を急ぐ相手に引かれ、ミキはやれやれと息を吐いた。




「はぁ~。良く食べるお嬢さんね」

「美味しいです~」

「……お替り貰えますか?」

「はいはい。待っててくださいね」


 厨房へと戻る女将を見送り、ミキは満面の笑みを浮かべる少女に目を向け直した。

 食べ終えた串が皿の上に並んでいる。

 肉の串焼きをここまでも嬉しそうに食べる人もそうは居ないだろう。それに量もだ。

 おかげで女将の口がとても軽くなっているので何でも話が聞ける。


 お替りを持って来た彼女は、空いている椅子に座った。


「それで街の警護に兵を置いて出て行ったと?」

「そうみたいよ。街に残った兵も元々この街の出身者ばかりで、離れることを嫌がった人ばかり。もしブライドンが攻めて来たら降っても良いと言われたそうよ」

「つまり彼らは純粋にこの街を守っているだけなんですね」

「ええ。故郷を賊から守るために仕事をしているみたいなものよ」


 持って来た串が残り一本の半分になったのを見て、女将がその顔を向けて来た。無言の確認だ。


「次で最後で。三本頼みます」

「はいはい。少し待っててくださいね」


 また厨房へと行く女将を見送り、ミキは食べ終えた串を数える。

 高級な宿に一泊できそうなほどの肉の串が少女の胃袋に消えていた。


「レシア」

「ふぁい」

「食べ過ぎだろ?」

「……ミキが止めてくれないのが悪いんです。美味しい物を前に私は弱いのです」


 完全に開き直った素晴らしい言い訳だ。

 今夜も説教するべきかどうか一瞬悩むが、長々と説教しても……少女は寝れば忘れる。

 何か別の方法を考える時期が来たのかもしれない。


「まあ今来るのを食べたらクックマンの元に戻ろう。この街は大丈夫だ」

「そうみたいですね」


 残っている肉を頬張り……満面の笑みを浮かべた。




「街の中は大丈夫なんだな?」

「人に聞いた限りは安全そのものだ。ブライドンの兵が来ても間違いなく降伏するだろう」

「なら独立派はどうしてこの街も含んだんだ?」

「……たぶんだけどな」


 そう前置きをして、彼は自分の考えを口にする。


「一種の疑心暗鬼なんだろうと思う。この街はあっさり降伏する。すると攻めて来た兵は『何か罠でもあるんじゃないのか?』と不安がる。街の人たちは純粋に逆らう気持ちは無い。でも攻めて来た兵はそんな内情を直ぐには信じられない」

「まあそうだろうな」


 クックマンは相手の言葉に同意する。


「するとブライドンの兵はアーチッンを隈なく捜索する。護りに適さないこの街の特徴は?」

「……壁が無いことか?」

「それも一つ。あとは無駄に広いことだ。そんな街を捜索するとなると……近隣を含めるとブライドンの兵はしばらくここで足止めだろうな」

「そう言うことか」


 止めていた商隊を動かす手配を終え、クックマンは荷馬車へ向かう。

 ミキも一緒に向かい……荷台で幸せそうに寝ているレシアを確認する。


 手作りの服が少し解けていた。きっと寝てて脱ごうとしたのかもしれない。

 適当に解けている布を縛りがっちりと拘束する。

 息が詰まったのか『うっ』と声を上げていたがミキは無視しておいた。


「それでミキよ。これからどうする?」

「クックマンはどうするんだ?」

「俺たちは……アーチッンで少し休んでから移動だな。ブライドンの兵が来ると面倒なことになりそうだからその前に動きたい」

「なら王都には向かうな」

「……どうしてだ?」

「独立派の密偵と勘違いされて拘束されるかもしれない。面倒は嫌なんだろう?」

「そうだな。なら……南に向かうしかないな」

「商売には向いていないが、骨休みには良いかも知れんな」

「ああ。今回は大きく儲けたから少し休むのも良い。何より護衛を探さないとだしな。それでミキは?」


 荷馬車の御者席に座り、ミキは軽く天を仰いだ。


「アーチッンに行ってから決めようと思っているが……たぶんガギン峠に向かう」

「そりゃまたなんで? 独立派の主力が居るかもしれないのだろう?」

「……仕方ない。厄介事が向こうからやって来るからな。それにこれからのことを考えると、行っておかないと面倒臭いことになりそうなんだよ」


 チラリと彼は、レシアに目を向けた。


「シャーマンはレシアだけじゃ無いんだからな」




(C) 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る